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Posted by 松長良樹 on 11.2011 0 comments 0 trackback
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 男が眼を開けるとそこは深海のように暗い世界だった。しかも墓地のような静寂が支配していて、生ぬるい風が何処からともなく吹いていた。
 それにも増して最悪な事に男は記憶というものを失くしていた。状況を把握しかねるもどかしさが男の全身に圧し掛かっていた。

「助けてくれーーーーーーーーーーっ!」

 その声ときたら耳で聞くというより、男の腹の中に直に響いてきた。もの凄く強烈な心情が剥き出しになったような、心を抉るような声だった。
 男はその声の方向に夢遊病者のように引き寄せられた。真っ黒な地面に穴があって、その穴の中からその声は聞こえてきた。穴を覗き込むと到底光の届かないほど深かった。ちょうどマンホールのような穴だ。
「頼む、誰か助けてくれー! どうか助けてくれー、後生だ」
 穴の奥からの声は男の鼓膜を嫌というほど振動させた。
「頼む、この穴から私を出してくれ! どうかお願いだ!」
 男は訳がわからなかった。今の自分のことさえよくわからないのに、助けてくれと言われても困った。
 男はひざまずいてその穴を覗き込んだが、暗くて何も見えなかった。やがて声がやんだので男はふらりと立ち上がった。
 そして少し歩くと壁に突き当たった。ひんやりとして湿り気のある壁であった。その壁に手をついて男は壁伝いに歩き出した。ゆっくりと確かめるようにだ。
 しかし何処まで歩いても壁だった。コンクリートみたいな固く冷たい壁……。
 男はやがて疲れてその場にしゃがみこんでしまった。
 すると微かな記憶が脳裏を掠めた。暗い空間を何処までも飛んでいる記憶だ。周りには星々が煌いている。
 
 ――そうだ自分は宇宙飛行士だったのだ――
 記憶が男の中で蘇った。
 ――そうだ自分は何年も前に恒星間飛行に旅立ったんだ。そしてついにこの星に着陸した。しかしあれはいつの事だったのだろう―― 
 記憶の断片が微妙に繋がらなかった……。

 男は再び溜め息をついて立ち上がった。
 ――そうだ、そうなんだ。私は宇宙飛行士なんだ。ならば、この星を探索しなければならない。ロケットの着地点を確かめなければならない――

 男は気を引き締めるように唇を噛んだ。
 しかし妙な事に男は宇宙服を着ていなかった。いつ脱いだのが、或いは脱がされたのかも思い出せない。
 突然男は頭を殴られたような感覚に襲われた。
 ――なにを馬鹿な事を俺は考えてんだ。俺はただの会社員だよ。昨日飲み過ぎて、ベンチで寝てしまったんじゃないか――

 ――違う、違う! 俺はコメディアンだ。これから舞台に上がろうとしていたんじゃないか。何を考えてんだ――

 男は途方にくれた。辻褄の合わない記憶、記憶。無数の記憶……。
 
 なのになんでここに居る!!

 男は壁を蹴った。足に痛みが走った。夢ではないらしい。

 男は何とか冷静になろうとした。周囲を慎重に見回し、ふと空を見上げると、空に穴があった。ぽっかりと空に穴が開いていたのだ。

「助けてくれーっ、助けてくれーーーーーーーーーーっ!」
 その時、例の穴から絶叫がした。男はひざまずいてその穴を覗き込んだが、やはり何も見えない。
「助けてくれーっ、私を助けてくれればあんたの正体を教えよう!」
 男は居ても立ってもいられなくなった。そしてしゃがみこんで穴に手を差し伸べた。

「誰なんだ。どこだ、どこにいる! 助けてやるぞ!」

 それと同時のタイミングで空の穴から大きな腕が、ぐいっ、と伸びてきた……。


                                   おしまい。

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