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鏡の眼

Posted by 松長良樹 on 29.2011 0 comments 0 trackback
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「実は……」
 そう言ってその男は口篭った。やつれた顔の蒼い唇をした男である。どういうわけかその男は左目を押さえながら入ってきた。
 ごくありふれた眼科の診察室である。水色のブラインドを光が通過して部屋の壁は薄いブルーに染まっていた。
「どうなさいました?」
 医師が促すと男はどぎまぎしながらこう言った。
「左目と右目と見えるものが違うんです」
「はっ?」
 医師は一瞬意味がわからず、もう一度そう訊き返していた……。
「ですから、左目と右目と見えるものが違うんですよ」
 ちょっと医師が嫌な顔をして男を観察したが変な人間でもなさそうだ。
「どういうことですか?」
 医師がゆっくりとそう言い、男は真剣に言葉を続けた。
「両目を開けられないんです。両目を開けたらめまいに襲われて立ってもいられない」
「どういう話ですか、それは?」
 医師が繰り返した。
「ですから、さっきから申し上げている通り、左目と右目と見えるものが違うんですよ」
「……わかりました。落ち着いてください。では今右目に何が見えているのですか?」
「先生のお顔です」
「では、左目には何が見えるというのです」
「両目は開けられません。両目を開けたら卒倒するかも知れません」
「では右目を押さえ左目だけをあけて見ましょうか」
 男は医師の言うとおりにして左目をゆっくりと開いた。
「すべて反対に見えます」
「反対に?」
「そうです。鏡文字のようにすべてが反対だ。鏡を見るように見えるんです」
「……」
「先生やはり。私は頭がおかしくなったのでしょうか? 気が変になりそうです。私にはもう両目のどっちが鏡になったんだかもわからなくなってしまったんです」
 男は酷く悲しそうだった。
「あなたは正気ですよ」
 医師が静かに言った。
「本当ですか」
「ええ、実はあなたのような方が最近増えているのですよ」
「私のような?」
「そうです」
「……で、直せるんでしょうか?」
「直りますとも。すでに治療を受けて完治された方がいらっしゃいます」
 患者は希望を見たように多少表情を緩ませた。
 医師はいたって冷静にこう続けた。

「あなたのような方を探すのですよ。探さなくてもここにみえるかもしれません」
「先生。それでどうやって治療するのです?」
 患者が心配そうに尋ねると医師が微笑してこう言った。
「あなたと片眼の交換をするのです……」

                    おしまい。



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