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黒い計略

Posted by 松長良樹 on 15.2011 0 comments 0 trackback
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 それを始めて見たとき、俺の身体は小刻みに震えだしていた。深呼吸をしようが声を出そうがその振るえは容易に治まりそうになかった。
 見た相手が悪魔である。黒いマントを羽織り、長身でステッキをついていた。金色の三日月をはめ込んだような眼球をしている。まるで猫の目だ。口許には人を蔑むような笑いが貼り付いていた。鼻は鷲っ鼻で西洋人のような風貌をしていた。
 しかし悪魔を呼び出してしまったのは他ならぬこの俺だ。いまさらこの場から一目散に逃げ出すわけには行かなかった。
「用件は何だ」
 悪魔がしゃべった。冷たく非人間的な口調だった。
 ここは自宅の書斎である。時間は午前二時。大きな姿見が俺の前にあった。俺はある目的の為に向かい合わせの鏡の間から悪魔を呼び出したのである。
 世界文学の翻訳を生業にしていた俺は、ドイツ語で書かれた魔法大全の中から悪魔を呼び出す方法を学んだのだ。魔法大全は十八世紀の貴重な文献でもあった。
「用はなんだと訊いているんだ」
 悪魔は怖くてさっきから一言も発する事ができない俺をいらついた顔で睨んだ。
「つ、妻を殺して欲しいんです」
 俺は声を震わせ意を決してそう言った。
「――なにっ。妻を殺せだと」
 悪魔の声には迫力があった。その声は圧倒的な存在感、威圧感を備えていた。周りの空気が歪むようであった。
「は、はい」
「随分と悪いことを考えているようだな。おまえ」
 悪魔はそら恐ろしい醜悪な笑みを浮かべた。
「……」
「妻が邪魔なのか。憎くて殺したいのか」
「え、ええ。まあそのような」
「お前は自分本位な男らしい」
「いえそんな」
「自分本位。自己中心… 俺はそういう奴が好きだよ。俺と似ているからなあ。己の欲望の為なら平気で人を殺す。しかも無慈悲に」
 悪魔らしい言葉であったが、悪魔がそれを言うと真に迫っていて俺は体中から冷たい汗が噴出してきた。
「契約をしようかと思いまして」
 俺は生唾を飲み込みながらそう言った。
「契約? 願い事と魂とを交換しようというのか」
「はい。そのつもりです」
「わかった。面白そうだ。しかし契約制度はもう随分前に廃止になった。今は契約なしでも人間の願いが悪魔の理に適うものであれば、それを行う。で、お前の妻をどんな方法で殺す? 生きたまま五体をばらばらに切り裂き腸を野犬にでも喰わせようか」
「そんな残酷な事はやめてください。ただロープかなにかで首を絞めていただければそれでよいのです」
「絞殺か。つまらんがまあ簡単な事だ。しかしなぜ奥方を殺す?」
「実は愛人に結婚をせがまれまして。離婚したくても妻は離婚に応じません」
「愛人の為か。愛人の為に妻が邪魔になったんだな」
「はい。できれば私の目の前で妻を殺して欲しいのです」
「おまえの心は悪魔のようだな」
「……お引き受けいただけますでしょうか? 悪魔様」
「よかろう。お前の願いは悪魔の理に適っている。明日の午前零時に望み通りお前の妻を殺してやろう」
「ありがとうございます。悪魔様」
「俺の名はメフィストフェレス。憶えておけ」
 悪魔は俺の望みを承諾したようだった。胸糞の悪くなりそうな黒い笑いを残してその場から掻き消えたのだ。
  
 ――実は俺にはある計略があった。
 俺はビデオカメラを用意していて悪魔をこっそり撮影する計画だった。その計略には二つのメリットがあった。まず完全なアリバイづくりだ。もし妻殺しの容疑が俺にかけられたとき、悪魔が妻を殺す時の映像を見せて俺の無罪を証明できる。そしてもう一つは悪魔の存在を証明できるという事だ。資料としてその映像に大変な価値がでるだろうし、マスコミ関係にはおおいに魅力的な映像のはずだ。高い値がでるに違いない。
 俺は本棚の一角に隠したビデオカメラを取り出し再生してみてみた。
 写っていた。奴は鏡の間から出現し、俺と会話する悪魔の様子が克明な映像となって残っていた。俺は映像の悪魔を眺めながら、思わずしめしめとほくそ笑んでいた。

 愛人の里佳は若くて実に美しい女だった。素直な性格なうえ、端正な顔立ちに艶かしい四肢を持ち、小悪魔的な危険な魅力に満ちた女だった。まるで蛇のように情欲が旺盛で俺の身を生クリームのように蕩けさせた。俺と肌を重ねるたびに肌を熱くし、たまらない吐息を漏らした。
 俺は里佳に夢中だった。誰よりも俺の胸を焦がす女だった。

 それに比べて妻の雅代は酷い女だった。
 以前より収入の減ったを俺を平気で罵ったし、俺と居る時は常に機嫌が悪いのか大抵鬼のような顔をしていた。かつての愛とか言う感情はとうの昔に破錠し俺の欠点ばかりを指摘してくる冷血動物のような女だった。男女の関係はとうの昔に消えさり、一緒に居てやってるんだから感謝しろ位の勢いで俺にあたってきた。忌々しく腹がたったし、事故死でもしてしまえばいいと俺はいつも思っていた。

 翌日の午前零時、悪魔はまんまと妻を書斎に呼び出していた。眠そうな眼で訳もなく俺に呼ばれた妻は散々俺を罵倒した。『なに考えてんだ。この馬鹿男』とまで妻は甲高く言い放ち鬼のような形相で俺を睨んだ。
 悪魔が鏡から出現して妻の背後に忍び寄った。俺はえらく静謐な態度でじっとその様子を観察していた。悪魔の手には黒い紐が握られていた。まるで鞭のような皮紐だ。
 妻が気が狂ったように悪口雑言を俺に浴びせかけてきた。しかし瞬間に妻の目玉が飛び出すほど見開かれて声がぴたりと止んだ。皮紐が妻の首に食い込んだのだ。俺はその様子を自分でも驚くほど冷静に見ていた。哀れみのひとかけらさえ感じなかったのだ。
 妻が異様なうめき声を残して床に転がった。
「望みは叶えたぞ」
 悪魔は一言そういい残すと不気味に微笑んで鏡の中に消えた。

 翌日俺は妻が悪魔に殺されたと警察に届けた。刑事に死体と家中を調べられ、俺は嫌疑を着せられた。予想どうりでもあった。里佳まで調べられ、たちまち俺は容疑者になった。
 しかし俺には切り札があった。――ビデオ映像だ。
 下見を何度もしたがそこには悪魔が妻の首を締め上げる恐ろしいシーンが記憶されていた。俺は刑事と里佳の前でそのビデオを再生した。
 刑事は無表情でその映像を眺めていた。タバコに火をつけ静かに俺を見つめる。
 妻の苦悶の表情が大きく写し出され、そして悪魔が皮紐で後ろから妻の首を…… 
 そんなばかなと思った。その悪魔の顔は、その悪魔の顔は俺に驚くほど似ていたのだ。――心臓が張り裂けそうになった。地球が逆回転を始めたような感覚だった。
 俺は眼を擦りもう一度映像を再生してみた。何度再生しようが妻の首をしめて卑しい笑みを浮かべているのは他でもない俺自身であった。
「こ、こんなばかな事って、有り得ない。ちっくしょー! 嵌めやがったな悪魔野郎!」
 俺は我を忘れて怒鳴っていた。世界の全てが音をたてて崩れてゆくようであった。
「わかった。署でおまえの話をゆっくり訊こうじゃないか」
 無表情な刑事が眉間に皺を寄せてそう言った。
「か、彼の精神鑑定をお願い致します」
 ――愛しい里佳は震えながら半べそをかいていた。
 鏡の中に怪しい影が一瞬よぎったような気がした……。
                      
                             おしまい。
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