続・幻想奇譚 1

Posted by 松長良樹 on 27.2011 0 comments 0 trackback
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 妻が失踪して久しいが、私は今も妻の事を想っている。それにしてもなぜ彼女は私の許を去ってしまったのか? その真相を明かす前にもう少し妻の沙代子について語らねばならないと思う。
 妻に初めて出会ったのは今からおよそ十二三年も前のことで、私は大学を出て製薬会社に入ったものの、なにかこう仕事が面白くなく、おまけに上司と馬が合わず、一年で会社を辞めてしまってから後の事だ。今考えると少し惜しい気もするのだが、その時は後先顧みずの幼い性格が私には残っていたのだろう。
 そして私はまた夢を捨てきれなかった。私の夢は物書きになることで、それまでにも何度か各誌の文学賞などに挑戦しては敗れていた。しかし、諦められず投稿は続けていたし、高校、大学の頃から書き溜めたものを出版に持ち込んだこともあるくらいだ。
 あの頃私は親のすねかじりで、悪く言えば小説を書くのにうつつを抜かしていた。しかし、運に恵まれず、もっと読ませて下さいと、感触の良かった出版社が知らぬ間に潰れていたという不運もあり、私はすっかりやけになっていた。
 そんな折に私は少しばかりの小遣いを持ち悪友と連れ立って、飲み屋のはしごをした事がある。その時にふらりと寄った三件目の店の薄暗いバーのカウンターで、一人の不思議な女に出会ったのである。後で分かったのだが彼女は一人でバーに来ていたのだ。
 女はキャンドルの灯りを頬に照らしながらバーのマスターの問いかけにも、聞いているんだか、いないのかよくわからない風に力なく時々頷いていたのだ。
 その時の妖艶な彼女の横顔を私は今でも覚えている。なんというか、秘密めいた微笑を裡に秘め、謎の美女出現とでもタイトルにつけて小説にでもしたいような、何とも奇妙な衝動に私は囚われたのだ。
 その時のもう一つの不思議は、悪友の島崎がいつになく女には積極的なくせに、そしてそういう状況なのになぜかその女を一瞥したものの、変に無関心を決め込んでいたことだった。
 私は酒のせいもあって普段なら女性に声もかけられぬ内気者のくせに、あの時は身に何かが降りたように開放的な気分になり、ちゃっかり彼女の横に座って会話していた。

                              つづく
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