人面くらげ

Posted by 松長良樹 on 25.2011 0 comments 0 trackback
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 実に不可思議な光景であった。一匹のくらげが見上げる空を飛んでいたのである。そう、あの海中に漂うくらげが茜色の空を浮遊していたのだ。
 それは白くて長い触手を空中に棚引かせていた。最初は小さな点でしかなかった白い塊が次第に大きくなりくらげになったのだ。俺は狐につままれたような心持ちだった。
 見る見るそのくらげは俺の家の庭先にまで迫ってきた。俺は最初ただぽかんと口を開けてそれを見ていた。
「なに見てんだよ」
 くらげが言った……。
 最初はまさかくらげが喋ったとは思わず周囲を見回してしまった。しかし人はいなかった。中年のおやじみたいな声だった。気味が悪いと思った。
 しかし暫らくしてこれは貴重なくらげだぞと思った。くらげが空を飛ぶだけでビッグニュースだと思うのに、しゃべるとなれば超スクープじゃないか。
 俺はくらげを捕獲する事を考え始めていた。これがニュースになれば俺はたちまち時の人じゃないか。頭の中のスクリーンに、テレビ番組で得意気に解説するかっこいい俺の姿が映し出された。
 そして咄嗟に家の物置から釣りに使う網を持ち出した。デジカメで証拠写真とも考えたが合成だと言われかねないし、本物を捕まえた方がよっぽど価値があるじゃないか。俺は無我夢中でくらげを追いかけた。傘の直径は50センチ位だろうか。ゼラチン質がてかてかと光っていた。俺は悪戦苦闘の末、ついにくらげを捕まえた。網にかかっかたくらげは豪い勢いで俺に悪態をついてきた。
「この人でなし! なにすんだ人攫い! いや、くらげ攫い!? 放しやがれ! このばか!」
 俺は網ごとくらげを手元に引き寄せた。そしてくらげの傘の部分を見て驚嘆した。
 そこには人間の顔があったのだ。なにかの模様が顔に見えたのかと思い、目を凝らしたがそれはやはりリアルな人面であった。
 俺はふと昔ブームになった人面犬の事を思い出した。しかし今見ているのは人面犬ならぬ人面くらげであった。
「見てんじゃねえ。ぼけ!」
 その顔が罵るようにしゃべった。俺は肝を潰した。正直怖かった。
「うかうかと俺の顔を見てると顔がなくなるぞ!」
 くらげの意味不明な発言だった。俺にはその意味がすぐにはわからなかった。
「お前、自分の顔見てみろよ。あほ」
 俺は網を地面に被せ石を柄の上に置いた。逃げられないようにして家に入り鏡の前に立った。そしてものすごいショックを受けた、鏡の中に俺の顔はなかった。のっぺりとした白い頭が不気味だった。
 仰天して俺はその場にへたりこんでしまった。
 声を出そうにも口がない。もぐもぐと口の部分が動いた。眼だけがかろうじてあった。しかしその眼も肉の中に吸収されかけていた。俺は眼をこすった。目玉が少しづつ収縮していて視界がぼやけてきた。このままじゃ俺は妖怪のっぺらぼうじゃないか。
 どうしようと思った。くらげのせいだと思った。俺は家から躍り出て網の中を覗いたがくらげはいなかった。
 くらげは網を噛み切ったらしく俺の目の前を浮遊していた。
『やい、俺の顔をどうした』
 俺は心の中で叫んでいた。
「俺が吸収した。喰っちまったんだ」
『顔をかえせ!』
「やだね。あきらめな」
 そういい残すとそのくらげは空にふわりと浮かび上がった。
 俺は逃がしたらおしまいだと思って、懸命に追いかけたが追いつかなかった。
 すると空に無数のくらげが浮遊していて、そいつはそれと合流した。空を覆うくらげの大群であった。
 
 ――暫くして、丘の向こうから顔をなくした人達がこっちに向かって一斉に駆けてきた。
 驚く暇もなく俺の目の前が急に真っ暗になった。
 
                         おしまい。
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