―透明―

Posted by 松長良樹 on 19.2010 0 comments 0 trackback
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 ここに一人の博士が透明薬を発明した。今世紀最大の発明であることは明白で疑う余地もないであろう。昔はSF映画に出てくるたわいもない絵空事だった事項が現実のものとなったのである。博士の類稀なる科学のセンスと、その理知的な探究心に敬意を払うのはごく当然の事といえる。
 博士の経歴、国籍、発明までの経緯については専門的でややこしく余計な前置きとなり、話の興味を削いでしまう恐れもあるので、ここではその一切を省略させていただく。
 ともかく博士は透明薬を発明しのだ。
 それは最初ガラス製の容器に入れられていたのだが、博士がちょっと目を離したすきに薬が紛失し、盗難事件として警察官まで動員される騒ぎになった。しかしその真相はなんと透明薬がその容器を透明にしてしまった為の出来事だったのである。
 そう、博士さえ知り得なかったその薬の恐ろしいほどの効力は、そんな事件だけでは収拾がつかなかった。
 博士の助手は透明な容器の存在に気づかず床にそれをこぼしてしまった。と、博士のいる研究施設の建物が透明と化していったのである。しかもまずい事に助手は透明な靴を履いたまま外に出てしまった。
 それも薬をたっぷりと靴につけたままである。それを地面が吸い込み、雨に流され、海に混じり、やがて蒸発して透明薬は雨となって地表に降り注いだのである。
 触れるものの全てを透明にする恐るべき薬がである。
 ――しかし博士を責める権利など人々にはないのだ。博士は単に優れた抜きんでた人間で悪意など微塵もなかったのだ。

 こんな訳で地球は透明になった。それも意外なほどの短時間のうちにである。人々はそれからというもの外出を避けるようになった。仕方なく外に出たときは決して自分の足元を見ないように歩いている。
 特に高所恐怖症の者などは下を見たとたんに気絶してしまうのだ。いや、そうでない者だって下をみれば眩暈を起こすに違いない。

                 おしまい。
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