お金の減らない財布

Posted by 松長良樹 on 03.2011 0 comments 0 trackback
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 シグマ博士は意気揚々とした表情で助手にこう言った。
「ついにできたよ。これで私たちは大金持ちだ」
 助手の飯島は博士がこれまでにいろいろな珍発明をしてその悉くが実用的でなく、あまり現実の世の中に役立つものではないと知っていたので、微妙に笑顔を浮かべてはいたがそれが心からのものか、単なる愛想笑いなのかよく解らなかった。
「いや失礼、飯島君、大金持ちというのは当たらない。正確に言えば金に一生不自由しないと言い直そう」
 博士はそう言って皮製の財布を手元に取り出した。助手の飯島は大学を出てからシグマ博士のその類まれなる才気と、天才的なひらめきに憧れて、ずっと博士の助手を務めているのだが、このところ博士の突き抜けすぎた理論や思索に少々疑問が生じ始めていた。
 もしかしたら博士は単なる奇人の類で、若い自分が大いに勘違いしていた節があったのではないかという、自己と博士への疑心が最近一気に沸きあがっていたのだ。
 博士はその財布を開いて手に乗せてこう言った。
「いいかい飯島君。この財布に今、札は入っていないね。しかし私はここに来るまでの間にこの財布に十万の現金を入れておいた。そして宝石店に行って指輪を買った。そう、この指輪をね。ちょうどこの金の指輪は十万円したから、この財布は空になったというわけだ。わかるね飯島君」
 博士はそう言うと左手を飯島青年の前に出して中指にはめた指輪を見せた。
「博士、なんの為に指輪を買ったのですか? わけもわかりません」
「まあ、聞きたまえ飯島君。この財布は以前の状態を記憶しているんだ。十万円入っていたという以前の状況をしっかりと記憶しているんだ」
「……」
 飯島が不思議そうな顔で博士の様子を窺っている。
「そしてこの財布は以前の状況を忠実に再現する」
「と言うと博士……」
「そうだ。今ここに十万円の現金が再現されるんだよ」
 飯島が目を見張る中で奇跡は起こった。財布の中に薄っすらとした札の原型が現れ、見ているうちに本物の紙幣を形づくっていった。そしてそれは幻でも幻覚でもなかった。
「凄い、博士。金の湧き出る財布ですね、一体全体どういう仕掛けです」
「この財布は一種のタイムマシーンなんだ。一度使ってしまったお金が返ってくる」
「大した発明ですね。博士、しかし不思議です。このお金が以前のものとすると、宝石店で払ったお金は今どうなったのですか?」
「う、いい質問だ。飯島君…。 つまりそのお金こそが財布に戻ったのだ」
「……」

  *  *
 
 その頃宝石店の店主は、売れたはずの指輪がショーウインドウに出現したのに目を見張った。

                   おしまい。
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