スポンサーサイト

Posted by 松長良樹 on --.--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

これでもあたしが好きですか?

Posted by 松長良樹 on 27.2011 0 comments 0 trackback
・吶k・・8_convert_20110527204238

 ――私はあなたが狂おしいほどに欲しいのです。その肌に身を摺り寄せ、愛撫し、骨の折れるほどに抱きしめていたいのです。ええ、そうですとも。 たとえ餓鬼道に身を貶められたとしても後悔しない。
 あの官能と悦楽の息吹を、めくるめく高鳴る血潮を、身の裡にひしと感じていたいのです。
 その肌を舐めまわし、内臓まで味わい、骨を噛み、醜悪な食人鬼と化したとして構うものですか。あなたを得るためだったら私は気が違っても良いのです。 あなたを殺してもいいから自分のものにしたい。
 そうですとも。ああ、そうですとも!
                      ――ある狂人女の手記より。


 島津裕介が彼女と最初に出会ったのは場末の飲み屋だった。店に入ると色白の美人がカウンター席に一人ぽつんと座っていたのである。
 どこか神秘的な陰のようなものを背後に備えた女性であった。その店は島津の行き付けの小粋なスナックで、無論女が一人で来るような店ではない。
 彼は最初その女には当然、連れがいるのだと思った。しかし島津が二杯目の水割りを口にしても連れらしき人影は一向に女性の前には現れなかった。この日島津はこの店に一人で来ていた。いつもならたいてい会社の同僚と来るのだが、この日は店の女の子を口説きたいという下心からプレゼントを持って一人で店に寄ったのである。
「あの娘(こ)一人なの?」
 島津は何気にカウンター越しに店の女の子に訊いてみた。
「みたいね…」
 女の子が頷いて小さく答えた。これはチャンスだと島津は思った。若い女が一人でこういう飲み屋に来るなんて考えられる答えはひとつしかないじゃないか―― と。
 島津はいつの間にか目当ての女の子と、そのこの為のプレゼントの事など忘れ去っていた。それほどまでにその女性が彼には魅力的に見えたのだ。
 気だるそうに半ば見開かれたその瞳。長い睫毛。日本人形のように整ったその顔立ち。抜けるように白く、きめ細やかなその肌。しっとりとして光沢のある黒髪。
三十代後半、未だ独身の島津はまさに理想の女性をそこに見ていたのだ。
 女は深い緑色のワンピースを着ていた。その服は多少時代ずれをしていたが見事に彼女に似合っていた。島津は勇気を出してその女性の隣に座った。
「お一人でこられたのですか?」
 島津はかなり気取った声をだしてそう訊いた。女は無言で頷いた。いい感触だった。彼の眼をしっかり見たし、ゆるく微笑んでもいた。
その様子を窺っていた目当ての女の子は島津に声もかけずに別の客と話し込んでいた。きっと女のプライドが多少傷ついたのだろう。
 島津は酒もまわり、やがて緊張も解けてかなり饒舌になっていた。
「ここはあなたのような若い女性が、お一人で来るような店ではない気がしますが……」
「一人で過ごす夜がなんだか寂しくて……。 あたし気がついたらここに座っていたの」
 胸にグッと来るようなハスキーな声だった。彼女の瞳に魅惑的な色香が漂っていた。
 女が男をおとすのは割りと簡単なんだなあ、と島津は漠然と思った。少なくとも男が女をおとすよりは意外に簡単なんだなあ、と彼は取りとめもなく思った。
「じゃあ、今夜は俺がお相手しますよ」
「あら、嬉しいです」
「ところでお名前は? しただけでもお聞きしたいな」
「……あたしは綾乃」
 意外に生真面目な彼女の言葉であった。
「僕は裕介といいます」
 どちらかと言うと不器用な島津は柄にもなくすっかりプレイボーイ気取りだった。そして彼は綾乃の気を惹く為にあらゆるジョークの類を持ち出し、奇想天外な体験談を果てしもなく話して聞かせた。その度に彼女は微笑んだり、真剣な顔をしたり、時には悲し気な表情を浮かべたりしていた。
 島津の心臓は高鳴った。彼女の反応はいい感じで、頬に赤みがさし、その目はうっとりとしている。ボックス席に移った二人は、別世界の恋人同士のようであった。
 そして結局のところ島津は女をホテルに誘うのに成功した。と言うより、もしかしたら最初から彼女はそのつもりだったのかも知れない
 実に柔らかな唇であった。ハードなキスを繰り返すうち彼女の唾液が舌に絡まってきて島津はそれを躊躇いもなく飲み込んだ。
 すべてが甘味であった。甘く熟れた果実を思い切り頬張るようであった。恍惚が脳髄を蕩けさせるようであった。事が済むと彼は片腕で彼女を抱くような格好で天井を眺めていた。
「あたしが好き?」
 彼女がそう訊いた。島津は出来る限り優しく言った。
「ああ。好きだよ。好きじゃなかったら君を抱いたりしないさ」
「ほんとうにあたしが好き?」
「ああ。好きだ」
「あたしのどこ好き?」
 彼女が寝返りを打つと顔が正面を向いた。瞳が輝いていた。
「どこって。すべてさ、君の全てが好きだよ」
「あたしの身体が好きなの? それともあたしの心が好きなの?」
「勿論。両方だよ」
「曖昧にしないで。あたしのどの部分が好きなの」
 彼女の真剣な表情に島津は意表をつかれたような思いがした。軽い違和感を感じる。
「ねえ。正確に答えて」
 それは島津にとって実に難問であった。上手く答えられない。
「君の瞳も好きだし、唇も好きだし、鼻だって好きだ」
「えっ、それってあたしの顔だけが好きだという意味?」
 島津はその時何か異様なものを感じ取っていた。こんな形で話に絡まれたのは初めてであった。
「そうじゃないさ。身体も心も全部好きなんだ」
「こころ? あたしの心があなたにわかるの?」
 彼女がきつい眼をした。島津は夢から醒めて現実に引き戻されたような気持ちになった。恋が一気に冷めてしまったような感覚だ。
 彼女の瞳はあくまで真剣でふざけているようではなかった。妙な寂しさと後悔が心に圧し掛かってきた。彼女はどうやら普通じゃないとその時初めて島津は思った。
「あたしはあなたが死ぬほど好きなのよ。あなたはあたしが好き?」
「だから好きだといったじゃないか」
 彼はベッドから立ち上がった。多少いらついた気分だった。
「帰るの?」
「ああ。送るよ」
「その前に本当にあたしが好きか証明してみて? あたしがどんな女でも好きなの?」
 なんだか島津には彼女が解からなくなっていた。
「どんな女でもってどういう意味?」
「こういう意味よ」
 彼女はそう言って裸のままベッドから飛び起きると自分のハンドバッグから小さなナイフを取り出して、いきなり腕にそのナイフを突き立てた。白い肌に赤い線が走った。
「な、何をするんだ」
 島津は動転して、必死に彼女の手からナイフを取り上げた。彼はホテルのタオルで女の腕をぐるぐると巻いた。
「なにをするんだ。気でも違ったのか」
 島津は声を荒らげていた。
「ご、ごめんなさい。あなたの愛が確かめたかったの」
 綾乃は眼にいっぱい涙を溜めていた。
 医者に行った。幸い傷は軽症で済んだものの島津の心はすっかり萎えてしまっていた。

 それから数週間が過ぎた頃、綾乃からメールが来た。
 会いたいのだとい言う。すっかり迷惑をかけたから誤りたいのだと言うメールだった。
 島津はなんだか彼女が愛おしくなり、会いに行く決心をした。島津の脳裏にあの陶酔と美しい彼女の微笑みが浮かんだのだ。
 彼女は結構いいワンルームマンションに一人暮らしだった。チャイムを鳴らすと以外に明るい顔の彼女が出迎えてくれた。左腕に包帯をしていた。
 取りとめもなく会話をするうち夕方になった。夕食を作るというので島津はすっかり自分の家のようにくつろいでしまった。美味いプロ並みのビーフシチューが出てきた。
 彼女は以前に自分が精神科の病院に入院していた事を告白した。
島津はなんとか彼女の心の支えになれないかと考えていた。
 柔らかな彼女の表情を見ているうち、島津はこの前の事は彼女の愛の証なのだと思った。彼女に深い愛があるゆえにあんな行動に出たのだ。と島津は思うようにした。そう思うと一種の可愛さ、哀れさのようなものが彼の心に湧きあがってきた。最初は遊び半分の情事のつもりが彼女の過去を知った事で、父性愛のようなものが芽生えたのかもしれない。島津はいつしか真剣に彼女を想い始めていたのだ。
 島津は彼女を抱いた。丁寧に前戯をして深く長く彼女を愛した。
 朝になった。タバコの煙の向こうに彼女が立っていた。
「ねえ。あたしが好き?」
 どきりとした。彼女の表情は硬くて妖しい光が瞳の奥に灯っていた。
「好きだよ。心底君が好きさ」
「あたしのどこが好きなの?」
 やばいと思った。この前の記憶が島津の胸に蘇った。
「……」
 彼は下手な事は言えないと思った。
「あたしの顔が好きなの。身体が好きなの? それとも心?」
「心さ。君のやさしい心が好きだよ」
「うれしいわ。あたしの外面じゃなく心が好きなのね」
 俺は一瞬彼女の望む答えを言ったと思ったがそうではなかった。
「証明してちょうだい!」
 彼女はそう言い放ったかと思うと台所から包丁を持ち出し自分の頬を切った。止める暇も隙もなかった。
「こんな顔でもあたしが好き?」
 鮮血が床を染め上げた。
「やめろー!」
 全身を震わせて島津は叫んでいた。

 ――あれから三ヶ月が経った。
 島津は迷っていた。また彼女からメールが来たのだ。
 会えなくてとても寂しいと言う。二度とあんな真似はしないという。綾乃は心を病んでいて島津の愛を信じていいのか、自分でもわからくなった。とにかくさみしい死ぬほどさみしいから、まだ少しでも自分を想うのなら一瞬でもいいから会いたい。そんな内容だった。
 島津の心は激しくかき乱された。彼女への思慕は捨てがたく、それはまた恐怖と双璧をつくって心を悩ませる。
 それでも再び会おうと決めたのは、彼女への愛と言うより哀れさの方が勝っていたからかもしれない。とにかく島津は彼女に会って慰めたかった。

 玄関チャイムを鳴らしたが応答がなかった。仕方なく帰ろうと思いドアノブに手を掛けてみると、がちゃりと音がした。不思議な事に鍵は掛かっていなかった。
 廊下は暗かった。そしてただならぬ不吉な予感が島津の胸にこみ上げてきた。
 彼女の部屋は蛻のからだった。隣にもう一つ部屋があった。恐る恐る島津はその部屋に足を踏み入れた。
 薄暗い部屋に入ると何か得体の知れない薬臭が鼻をついた。ホルマリンのようなきつい臭いだった。彼は思わず壁のスイッチを入れた。部屋全体が明るくなり、白いベッドが島津の眼に飛び込んできた。その次に見たもので島津の脳は錯乱し、粉々に砕けて空中に飛散するようであった。
 シーツが鮮血にまみれていた。そして彼女の裸体が横たわっていた。手には鋭い刃物が握られていた。
 凝視するには忍び難い風景であった。トランキライザーでもなければ到底まともにそれを受け入れられそうもなかった。
 彼女は自分の頭を刃物で割って中のものを引き出したのだ。
 強い吐き気が彼を襲った。しかし彼は我慢をしてその傍らに設けられた頑丈そうなテーブル上を喰い入るように見つめた。四角い水槽がそこにあり、その中に何か異様なものが入っていた。確かめずには入られなかった。近づくにつれ島津にはそのものが何であるか解かってきた。
 水槽から電線のような細いチューブが何本も伸びていた。チューブの先は大がかりなコンピュータの基盤と繋がっていた。モニターの黒い画面には心電図を思わせる波形が光っていた。
 島津は生唾を呑み込んでいた。全身に鳥肌が立ち心は恐怖に竦みあがっていた。
 水槽の中の蒼白い物体は脳だった。透明な液の中にどっぷりと浸けられていた。
「まさか…… こんなことって」
 島津は譫言のようにそう呟いていた。彼の歯ががちがちと異音を発していた。
 モニターの波形が文字を形作っていた。そしてそれはこう読めた。
 ――本当にあたしが好きですか。 あたしのどこが好きですか? 身体ですか。心ですか。 心と言うならこれでも、これでもあたしが好きですか?――
 くっきりとまるで蛍光色のように文字はモニターに浮かび上がっている。その文字は執拗なまでにモニターに流れ続けていた。
 島津ははただ絶句し、涙を流しながらぼんやりとその文字を見つめていた……。

                                了




スポンサーサイト
Category : ホラー


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://kitunosuke8.blog33.fc2.com/tb.php/215-1bf6ec6b
▲ top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。