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夢魔の作家

Posted by 松長良樹 on 26.2012 0 comments 0 trackback
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仮面の作家

 その作家のペンネームは仮面の魔人と言って誰も作家の素顔を見たものはなかった。彼の手がける分野はおよそ広範囲で純文学から、推理小説・伝奇・ホラー・ミステリー・サスペンス・SF・エッセー、果ては童話にまで至った。特に傑出していた分野は推理サスペンスやホラー、歴史ミステリー等であり、年齢も経歴も不詳で数々の文芸新人賞を掻っ攫い、いきなり文壇に躍り出てベストセラー作家の仲間入りをしてしまったのである。全国の書店には彼の書籍が堆く積まれていた。破竹の勢いで彼は人気作家になったのだ。しかし彼は素顔を知られるのを忌み嫌った。理由がわからないから世間は色々な想像をめぐらしてその正体の憶測をする羽目になった。実は救いがたい醜男であるとか、顔に大きな痣があるとか、密入国者であるとか、実は小人であるとかその噂の枚挙にいとまがなかった。実際彼はテレビ出演を嫌っていたし、稀にテレビに出ても黒い頭巾を頭からすっぽりと被ってインタビューに応じるという実に風変わりな作家でもあった。頭巾と言うのは黒い円錐形の布で目のところだけが空いているものだ。
 短大生で読書家のアキノはその作家の作品ならことごとく読んでいた。話の構成、展開、趣向が大好きで、結末には予想もつかないどんでん返しがいつも用意されていたので、失望した作品は一つとしてなかった。文章も巧みでアキノは仮面の魔人に心を鷲掴みにされてしまっていたのだ。ファンレターをアキノは毎週のように贈りつけた。仮面の魔人のサイトにも毎日顔を出しては書き込みまでしていた。 
 アキノはその作家の仮面の下を無意識に想像した。きっとナイーブな理知的で美しい顔をしているに違いない。優雅で詩人のような素敵な人物に違いない。でなければ、あんなすばらしい魔術のような文章が書けるものか、アキノはそう決め付けていたのである。
サイン会で
 あるとき仮面の魔人のサイン会が開かれることになった。新作書下ろしの本との販売を兼ねていたから銀座の有名書店の店頭には朝から長蛇の列ができ、勿論アキノもその中にいた。胸が躍った。もしかしてテレビが入っていなければ素顔が見られるのではないか、そういう期待を密かにアキノは胸に抱いていた。しかし二時間も待ってやっと仮面の魔人が視界に入ってきた時には、残念ながら彼は頭からすっぽりと黒い頭巾を被っていた。魔人にサインをもらい握手をした。その手は白く美しかった。あまりのことにアキノは涙ぐんでしまう。なんと繊細な指先であったろうか。それほどまでにアキノにとってそれは感動的な出来事だったのだ。
「これからもがんばってくださいね」とアキノが言うと「はい。ありがとう」と穏やかな魔人の声が返ってきた。 その口調が忘れられない。愛おしいく妙に心をくすぐられる。
 
 アキノはそのサイン会が終わっても帰らなかった。なにを思ったのか彼女は魔人を待ったのだ。この書店から必ず魔人は出てくるはず、そう思ったのである。しかし他のファンたちも同様であった。しばらくして魔人は出てきた。関係者とともに頭巾のまま現れ、ワゴン車に乗り込む。周りにはそれを待ち受けたファンが大勢いて魔人を追った。しかしアキノは静かにそこに佇んで彼を追わなかった。なぜかというとその時アキノの頭は異様に冴えわたっていたのである。
 ひょっとして今のは魔人ではなく、偽者。本物の彼はこのあと悠々とそれも素顔でここに現れるのではないかアキノはそう直感したのである。
店の見える四つ角でそれとなく彼を待つ。時間は無情に過ぎていった。思い過ごし、考え過ぎと店を去ろうとしたとき、店員のような青年が裏口から現れた。俯いたままで何処ともなく歩き去ろうとする。アキノは勇気をだして彼に走り寄った。
「あのう、あ、あなたは……」
 言葉が続かない。青年が振り返る。その目が神秘的なのである。なにか憂いに満ちてはいるけれども芯に鋭さがあり、知性の光を感じ取れるのだ。
「あたしはあなたと握手しましたよねえ」
 その後に沈黙があった。目眩がするほどの沈黙である。
「あなたは、すばらしい洞察力、推理力をお持ちですねえ」
 彼はそう答えた。間違いなしとアキノは小躍りした。
「どうしてわかったのです?」
「――なんとなく、あなたのファンですから」
 二人は無言で路をしばらく歩いた。アキノの心は、はちきれそうだったが何をしゃべっていいやら見当もつかない。ただただ胸が高鳴るばかりであった。
「このまま別れるのもなんだから僕の書斎にきませんか?」
 思いもよらない言葉にアキノは気を失いそうになるのを懸命に堪えた。
「えっ、あたしなんかがですか?」
「ええ、実は僕はそろそろ作家を廃業しようと思っているんです。その訳をあなたに知ってほしい」
 何がなんだかわからなかったが、アキノは青年に付き従った。

 秘密の書斎で
 
 魔人の書斎はひっそりとした郊外にあった。くねくねとした長い坂を上がると楡の大木が聳えていてその横に古びた洋館があった。二人はその門をくぐり螺旋階段を上がった。二階の書斎の重厚なドアの前で青年が言った。
「このドアの中にはあなたにとっての異次元が存在する。とても脅威に満ちた世界だと思います。僕は無理強いはしたくないんです。入りたくなければここでお引取りいただいてもかまわないのですよ」
「え……」
 ここまで誘っておいてそれはないと思った。複雑な気分であった。
「よろしければ書斎に入れていただきたいです」
 小さな声でアキノが言った。
「入るのですね」
「はい」
 多少きしんだ音がして重そうなドアが開いた。通されたアキノはその異様な雰囲気に気圧されてしまった。その書斎には本と言うものがなかった。そのかわり、だだっぴろい部屋の中央には大きなこげ茶色のカーテンで仕切られた四角いスペースがあった。
 書斎そのものは広さは十二畳ぐらいだろうか、その中央に四隅をカーテンで仕切った四角い部屋のような場所があるのだ。
「これなんですか?」
 恐る恐るアキノが質問すると含み笑いを浮かべて彼は手前のカーテンを引いた。中には巨大な機械がその不気味な姿を横たえていた。大きな箱型の機械である。いくつもの計器と、ダイヤルスイッチとキーボードと、むき出しになった電線類。まるで大昔のマッドサイエンティストが作り上げた得体の知れないマシンである。
「驚いたでしょう」
 アキノは驚いて声が出なかった。思わず見入ってしまう。
「お嬢さん。お名前はなんと――」
「は、はあ、アキノといいます」
「僕は安藤修一といいます。これはコンピュータですよ、大掛かりなものです。僕の本業はものを書くことではないのですよ」
「……」
「僕はこの機械に小説を書かせているのですよ」
「はあ」
「意味がわかりにくいですか、実は僕は大学のときに多くの協力者と共にこの機械をつくったのです。魔人の作品は人間の書いたものではないのです。このマシンが書いたものです」
しばらく呆然として話を聞いたアキノであったが、次第に意味がわかってくると、疑念と驚きと一抹の寂しさが彼女の心に沸き起こった。
「なぜ? こんなものをお作りに?」
「さあ、最初は遊び半分だった。実は僕の兄は作家でして、あまり有名じゃないけどね。僕は兄にコンプレックスがあった。僕には文才がないから、うらやましかった。でも兄があるとき僕にこう言ったんです。スランプで何にも書けないって。酷く落ち込んでた。僕はなんとかしてあげたいと思った。僕たちは決して仲が悪かったわけじゃないから」
「……」
「友人に天才がいるんです。そいつは情報工科大学で情報処理を学んでいた。そいつがある時が機械に文章を書かせることが出来たと言ってたのを僕はそのタイミングで思い出した。でそいつに機械に小説はかけないかと聞いたら、書かせてみたいものだというので、僕は――」
「……」
「はははっ、とても信じられませんよねえ、こんな話」
「……」
「二年でこの機械をそいつは作った。サルが長い時間キーボードを叩き続けるとシェイクスピアの作品を打ち出すという「無限の猿定理」をあなたはご存知ですか?」
「さあ」
 青年の口元にかすかな笑みが浮かんだ。
「つまり彼は日本語で言うならアからンまでの四十七文字をある長さで、あらゆる組み合わせによって羅列したなら、その中に太宰の作品も芥川の作品もしまいに含まれてしまうというのです」
「よくわかりませんけど……」
「想像を絶する時間をかけてすべての文字の組み合わせを羅列したら、すべての文学にヒットする瞬間が来る。その組み合わせは決して無限ではないから」
「でも、とても現実的ではないような気がします」
「そうです。彼からその話を聞いた時僕も同じように感じた。ロマンに満ちているけれども現実的でない。だから僕は考えたのです。文字を絞り込むことが必要だってね。まず僕たちがなにをしたかというと、話を起承転結に分けたんですよ。そして起にあたる部分の情報をあらゆる文献から集めた。神話から、民話から、古典文学から、近代文学から、シナリオから、歴史書まで、考え付く限りのすべてのデータを起としてコンピュータに入力したんです。それと同じように承を作り、転、結と作った」
 青年の目が異様な光をおびてアキノは少しばかり怖くなった。
「――まあすごい」
「それからが大変でした。問題はそれらの配列です。それらをどう繋ぐかが問題でした。そこで思いついたのがベストセラーです。ベストセラーの小説に習ったんです。古今東西の名作という名作がこのマシンの心臓です。悲劇的で、狂おしく、情緒的なものがこのマシンには流れている」
アキノはちょっと悲しそうな瞳をして青年から目を離した。
「こんな機械に名作なんて書けないと思っていましたが、結果は逆でした。いつしかこいつは仮面の魔人という立派な流行作家になったんですよ」
「心のない機械に人の心を打つものが書けたのでしょうか」
 マシン
 アキノが独り言のようにそう言った。
「それは逆に僕があなたに質問したい。あなたは魔人のものをほとんど読んでいるのでしょう。そうなんでしょう? 作品に心なんてありませんよ、心は読者にあるのですよ。いかに読者の想像力を活性化するか、それが小説なんだ。物語を作るのは実は読者なんですよ。作者の役目はヒントを与えるだけだ」
「確かにそうかもしれませんわ」
 アキノの表情はなぜか冴えない。
「ところであなたは作家を廃業するとおっしゃいましたが、どういう意味なのですか?」
「実は天才が死んでしまったのですよ。僕の尊敬する天才の西条が、この機械の父が死んでしまった。美人薄命というけれど、天才もまた薄命かもしれません。彼は元々身体が丈夫じゃなかった。この機械に没頭しすぎて夜も寝なかった。疲労が重なっていたのですよ。ある朝彼はこのマシンにもたれかかるように冷たくなっていた……。そういう意味でこのマシンには彼の熱い血が流れているのかもしれません」
「まあお気の毒に……」
「そして僕はたった一人でこのマシンを使って話を作った。それを出版社に持ち込んだのです。彼がそうすれば喜ぶと思って。勿論、兄さんの新作だってこのマシンが生み出したのです」
「でも素晴らしいです。その西条という人もあなた、安藤さんも…… でもなぜそんな重大な秘密をあたしなんかにお話になったの」
「僕はもう疲れてしまった。仮面の魔人を演じることにです。もうあれから五年以上僕は魔人を演じ続けてきたのです。僕はこのマシンを壊してしまうつもりです。魔人は死ぬのですよ永久にね」
「なぜ壊してしまうのです?」
「人はいつかこのことに気づくでしょう。僕は読者を失望させたくない。やはり僕のやったことは間違っていたのかも知れず、それが怖いのです」
「あなたが小説を書いたらいかかですか」
「はははっ、笑わせないでください。僕には文才がないんです。作文だって書けやしません」
「……でも壊すなんて、残念です」
「そうだ、最後にあなたの好みそうな話を即興でつくってみましょう」
 青年の表情が見違えるように輝いて見えた。生き生きとした口調である。
「そうだ、物語の主人公は少女にしましょう。無垢な心を持った少女はあるとき、黒マントの男に誘拐されてしまう。変りゆく少女の心とマントの男の正体がこの話の核になって、物語は思わぬ方向にどんどん転がっていく……。あらゆるトリックがこの話には詰まっているんだ」
 青年が夢中でキーボードに話の発端だけを打ち込むと、マシンがザッ、ザッと音を立てて作動し始めた。まるで生き物のようであった。
「見てください、このマシンはすべてのデータを超高速で照合している。古今東西のあらゆる文献を紐解いて読者の心を高鳴らせる物語を紡ぎ出しているのです」
「凄い、本物なんですねこのマシン」
 あっ気にとられ、事態を見守るアキノの瞳に恐れと憧れが交差する。夢のような出来事であった。しばらくするとガシャッ、ガシャッと音を立てて原稿がプリントされる。何枚も何枚も果てしない原稿の量だ。
たまらずアキノはその一枚を手に取って目を凝らす、紛れもない長編小説の誕生の瞬間であった。
「どうです? 題名までついていますよ『闇夜の訪問者』とある」
 青年がその原稿を揃えてアキノに手渡した。
「あなたに進呈いたしますよ、さあ」
 アキノは夢遊病者のようにそれを受け取り、数歩後ずさりした。
「でもあたしになぜ秘密をお話になったの?」
「あなたが熱烈なファンだったからです。ネットに熱心に書き込みをしたり、手紙も毎日のようにいただきました。言ってみればあなたはファン代表なのですよ。このマシンが死ぬ前にあなたにはせめて知ってほしかった。この偉大なマシンのことを」
「あたしだけに…」
「さあ、陽が沈まないうちにお帰りなさい」
 青年がドアをそっと開け、アキノを促した。
「このことは誰にも話しません。誰にも」
「ええ、そう願いたいものです」
 軽く会釈をして洋館を後にするアキノであった。折から吹く風はまるで異界の地から吹き付けるようで、なんども洋館を仰ぎ見てアキノは深呼吸をした。

 アキノの想い。そして

 家の窓から見上げる夜空に宝石が煌めいていた。アキノの胸の裡に言い知れぬ思いが湧き上がった。この心臓を針金で巻かれたような思いはなんであろう、まるであの青年と洋館での出来事が何度も波のように胸の中に押し寄せる。
 アキノはあの青年の中に真の魔人そのものを見ていたのだ。
 ――西条という天才があのマシンをつくったと言ったが、本当にそうなのであろうか……。 実は彼こそが西条ではないのか、きっとそうなのだ。真の天才とは彼なのだ。あんなものが並や大抵のことで出来るはずがない――。
そう思うと果てしない彼への想いがつのった。あのとき彼の瞳に光った妖光を忘れることなど出来ないのだ。確かめたいと思った。そうでなければこの胸騒ぎは治まりそうもないのだ。そうだ、もう一度彼に会って真相を確かめるのだ。そう決心するとアキノの心に裡なるものが凛として燃え上がった。

  *  *

 それから僅か三日ほど経った時、魔人の洋館が焼けたというショッキングなニュースが世間を騒がせた。仮面の作家、安藤修一は行方不明だが大方の予想は焼死だろうと言う。それを知ってアキノは心臓が止まりそうになった。いたたまれなくて悲しくてアキノは暫らく家から一歩も出られなかった。
 仕方なく彼女は興奮して読めなかった『闇夜の訪問者』を涙にぬれながら読み始めた。起承転結のあるとても面白い話で、とてもこれを機械がしかも即興で書いたなどとは信じられない。しかしその最後のページにこう書かれてあった。

 ――近日中に僕の家は焼けます。僕が焼くのです。前にも申しましたが仮面の作家を演じるのに僕は疲れ果ててしまったのです。新聞がどう書くかわからないですが僕は焼死なんてしません。安心してください。僕は生きている。そして『闇夜の訪問者』をアキノさん、出版社に送ってください。必ず売れるはずです。直ぐにではなく暫らく間を開けるのです。悲劇的な死を迎えた魔人が生き返ったとしたら、世間が放っておくものですか、それだけで本はバカ売れするに決まっている。もちろん作者は仮面の作家ですよ。そして僕はあなたに厚かましいお願いをします。どうぞおきき願いたい。あなたに仮面の作家になってほしいのです。幸い仮面の作家の素顔を誰も知らない。実を言うとあのマシンはあるところに隠してあるのです。だから作品には当分困らない。ね、アキノさん僕の代わりにあなたに仮面の作家になっていただきたいのです。実をいいますと魔人の人気は少しずつ下降している。だから僕はこんな無茶な真似をしたのです。お許しください。そしてどうか僕の計画に力を貸していただきたい。僕は君に切にお願いをする限りです。今度お会いする時までに腹を決めておいてください。
 では折を見てこっそりとご連絡をします。
                             安藤修一


                              了
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