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奇想

Posted by 松長良樹 on 15.2012 0 comments 1 trackback
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秋の日に

 ――晩秋の落日であった。
 広い路に銀杏並木がどこまでも続いて、風が吹くとまるで赤や黄色の折り紙が万華鏡の中で煌くようであった。その路をダウンコートを羽織った男が歩いている。頬に艶があり、彼が青年である事がわかった。低い煉瓦塀が路沿いに長く続いてその塀が切れたところに大きな西洋風な建物の門があった。そこで青年は足を止めた。そこに老人が屈み込んでいるのを眼に留めたからである。ちょうど門の横で顔に深い皺を刻んだ老人が屈み込んでいたのだ。その老人の格好というのがまた少し変わっていた。時代ががったスリーピースを着込んで山高帽をかぶり、胸から金時計の鎖をぶら下げている。
 まるでシャーロック・ホームズの活躍した世界から迷い出したような服装なのだ。それに老人はただ屈み込んでいたのばかりではない。老人はそこで焚き火をしていたのだが、その燃やしているものが尋常ではなかった。老人が遠い視線のまま火中に投じているものはなんと紙幣であった。それも一枚や二枚ではない。青年は最初じっとその光景を傍観するようであったが、そのまま行過ぎる事の出来ないようすでついに口を開いた。
「ご老人。なぜ金を焼くのです? 訳を教えて欲しいものです」
 いくぶん気取って落ち着いた青年らしからぬ声のトーンであった。老人がふと顔を青年に振り向けたが、無言でなにも語らなかった。
「札を焼くなんて、どうかしている……」
 青年が言いかけると老人が、にわかに枯れた声で言った。
「これはわしの金じゃ、どうしようがわしの勝手じゃないか」
 老人はそう言って振り向けた顔を元に戻した。
「――しかし」
「あんたには関係のないことじゃ」
 老人は溜め息と共に気だるそうに言葉を続けた。
「なにか訳があるのですね」
 青年が言った。
「……」
 老人は視線はどこか虚ろで遠い彼方に注がれていた。
「この紙幣は今時に使えない」
 老人がぽつりと言った。青年が札を良く見ると随分と昔の紙幣で、骨董屋か歴史資料館にでも行かなければお目にかかれる代物ではなかった。壹圓札や五圓札が新札のような美しさで輝いていたのだ。
「あんたは時間の旅を信じるかね」
 不意に老人が青年の眼を覗き込んで奇妙な言葉を発した。心が他の場所にあるかのようであった。二人の間にそのまま長い沈黙の時間が流れた。
「はあ……」

 時間旅行者

 青年が返す言葉に困った。
「使えないものはいらない」
 老人は布製の大袋を横に置いて、その中から札束を引き出しては家中に投じている青年は怪訝な表情でその光景を凝視していた。青年の顔が炎でテラテラと光り赤く見えた。
「時間の旅とは、どういう事ですか」
 青年の瞳に興味の光が揺れるようであった。
「わしは…… 時間旅行者じゃ」
「時間旅行?」
 言って青年が身をすこし屈めた。老人の風貌は頑固者にも見えたが、哲学者や易者にも見紛うような何か得体の知れなさがあった。
「気違いと思うなら思いなさい」
 老人が言った。
「いや、僕はなにも」
「わしは楽がしたかった」
「……」
「だからある時、わしはある銀行に上手く忍び込んだ。そしてこの金を袋に詰めて時間の彼方へ逃げたのじゃ」
 青年は半信半疑な表情を崩さなかった。
「しかし、この時代ではもはや、この札は使えん」
「……」
 静寂が暫らくその場を支配した。そして青年が言った。
「だから… 焼くんですか」
「そうじゃ」
「時代を戻れないのですか」
「わからん。それにわしはもう疲れた」

 青年の秘密

 青年の脳裏に妙な感覚が走った。老人の言葉を信じたい自分とそうでない自分。その二人の青年が心のうちで葛藤しているような表情であった。
「あなたは時間を旅できるのですか?」
「ああ、体質なんじゃ。子供の頃坂道で転んだ時、昨日に戻っていた」
「昨日に戻った」
「ああ、そうとも。同じ日を二回繰り返したんじゃよ。だがわしはそれを認めるのが怖くて、自分の中に仕舞い込んでいた。何食わぬ顔でその時はやり過ごしたんじゃよ」
「……」
「そしてわしは少しずつ能力を高めていった。より遠い時空に飛べるようになったんじゃ」
「想像もつかないですね」
 青年はさらにしゃがみこんで溜め息をついた。
「時間旅行ですか……」
「わしは時のさすらい人じゃ。いや、さすらい人だったんじゃ。わしはもう歳だし、時代旅行はもう無理なんじゃ」
 青年が急に頑なな表情をつくった。
「実は僕は過去に戻りたいんです」
「過去に戻りたい」
 老人が青年の言葉を繰り返してかぶりをふった。
「いったいなぜだい?」
「恋人の綾乃をある事故で亡くした」
「ほう」
「だから僕は過去に帰って生きた彼女と会いたい。そして事故を回避させたいんだ」
「事故? どんな事故だい」
「彼女は心の病気で自ら命を絶ったんです」
「それはまた、切ない話だ」
 老人が少し悲しそうな顔をした。
「僕は彼女がなぜ死んだのか。なぜそうなったのか、その訳を確かめたいんです」
「そうか」
「ええ、僕は彼女をどうしても忘れられない」
 青年の眼が微かに潤んでいた。
「死の淵から恋人を救いたいと言う事か」
「はい……」
 それから二人は再び寡黙になった。何も語らずじっと揺らぐ炎を見つめていた。不意に老人が腰をあげた。そして枯葉を一歩踏みしめた。
「だめかも知れんがもう一度やってみよう。過去に戻ろうじゃないか。わしはこの金の為に。そしてあんたは恋人の為に」
 驚いて青年が暫らく老人を見上げ、やがて自分も立ち上がった。黄昏の柔らかなベールが二人を包み込んでいた。老人が頷くようにして青年に手を差し伸べた。二人が相手を確かめるように握手をした。
「あしたの朝ここで君を待とう。そして過去への旅立ちだ」
 その場に一種異様な空気が流れていた。

 ナイトファンタジア

 ナイトファンタジアと言う都会の片隅にある小さなカフェの窓に幾つもの影法師が映っていた。彼らはジョーカー達である。ジョーカーには様々な意味合いがあるのだが、ここに登場するそれは道化であり、洒落や冗談を言って周りを楽しませる人を言うのである。プラクティカル・ジョークという言葉をご存じだとは思うが、ジョークを芸術としてとらえる人々がいる。彼らは並みのジョークでは飽き足らない人達だ。あの有名な三島由紀夫の自決さえプラクティカル・ジョークとして捉える一派さえ存在したくらいだ。かの乱歩氏も西洋のジョーカーの伝記を愛読したらしい。そして今夜、六名の彼らのプラクティカル・ジョーカーの内からもっともすぐれたジョークを実践したものが金の道化仮面を手にする手はずになっていた。
 丸い円卓があって紅一点の女性をまじえたお歴々が面白い話に夢中になっていた。なんとそこに得意げにお話をするあの老人が、そう、スリーピースを着込んで山高帽をかぶったあの老人が座っていたのである。
「それで、あなたのジョークをうかがいましょう」
 中年のロマンスグレーの紳士がそう促すと老人がしゃべりだした。
「僕のやったのはW精神病院の前で札を焼いたのです。もちろん札は偽金だから大丈夫です。まあこれだけでも立派なジョークになるのですが、僕はもっと面白くしようと思い誰かの通るのを待ったのです。内心かなりドキドキしながらねえ。そうしたら真面目そうな若い男が通りかかったのです。そして僕は役者になった。案の定若者がなぜ札を焼くのかと訊いてきたから、僕は時間旅行者だと答えた。どうです機転でしょう。実はそんな話を前から考えていたのですがね」
「……時間旅行者?」
「そうです。僕は過去で銀行強盗をして時間を越えて現在に逃げてきたとそう言った。そういう訳だから今使えない札を焼いているんだと言った」
「また、ずいぶん突拍子もないお話ですねえ」
「ええ、そこが素敵なんじゃありませんか」
「それで相手はどうしました?」
「それがこれは僕自身も驚いた訳なのですが相手は僕を信用しました。古い札が効いたのでしょう。後は無論僕の名演技ですよ。それからまた悲しい話もききました。なんでも若者の愛していた彼女が昔自殺してしまったらしいのです。その彼女の事が忘れられないと言うんです。過去に帰って彼女を救うと言うんです。それじゃ一緒に過去に戻ろうという事になった」
 他のジョーカーの面々も話に聞き入っていたが、六人の面々も様々だったが決して下賤な人間などおらず、博士や医者、小説家までもがその面子に混じっていた。
「その若者はあしたの朝W精神病院の裏門で僕を待っています。きっとね」
「その話は間違いないようです。僕は双眼鏡でその様子を遠くから観察していたから」
 小説家が頷きながら発言した。髪の長い男である。
「このコンテストではメンバーの誰かが証人になるきまりですから」
 小説家が付け加える。
「うむ。でも私はその青年が少し哀れなように感じるのですが、本当に過去に帰れると信じていたとしたら少し可哀想だ」
 ロマンスグレーの紳士が神妙な表情でそう言った。
「なーに、このぐらいは仕方ありませんよ。過去に僕たちは随分ひどいジョークをやったことだってあった」
 小説家が言った。
「でも我々はジョーク基準の変更を考えつつあるし、誰をも傷つけてはいけませんからねえ」
 審査委員長は内科医の新城と言う男で薄笑いを浮かべるような奇妙な表情をして言った。
「まあ、明日の朝にその青年がその場所に来たとしたらあなたのジョークは一流に違いないと思いますよ。しかし来ないかもしれないじゃありませんか」
「……いや、彼は来ますとも」
 老人が自信ありげにそう言った。
「では、今夜のところは道化仮面の授与はひかえて、明日以降にもう一度ここで会を開きましょう。その時に皆さんの投票で優勝者を決めることに――」
 と、そのときドアが突然開いて若い男が入ってきた。辺りを眺めまわして円卓に近づいて来たのだ。その顔を見て審査委員長の新城が喜んだように声をかけた。
「いやあ、遠藤くん。ここに来てください」
 皆の視線が集まった。
「皆さんに新メンバーを紹介いたします。この人は遠藤啓二君といって大学でシナリオの研究をしています。ジョークがことのほか好きで面白いお話を自分でも作っていて」
その紹介の途中であの老人が素っ頓狂な声をあげた。
「なあんだ、君じゃないか!」
 若者は老人を見とめると、最初だけあっ!と言う顔をしたが、すぐに相好を崩して笑い出した。それがとてつもなく大きな笑い声でそこにいた全員が彼の方を向いた。さすがに老人はちょっと面食らったがやがて彼も笑い出した。そしてその笑いにつられるようにメンバー全員がクスクスと或いはゲラゲラと笑い出し、まるでその笑いは当分おさまりそうになかった。
 
 エピローグ


 騙すつもりが騙される。これも立派なジョークの妙であろうか。こうして青年はメンバーに暖かく迎え入れられた。まあ、今後の彼のジョーカーとして奇想に期待する事にしましょう。

                      了


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秋の日に  ――晩秋の落日であった。  広い路に銀杏並木がどこまでも続いて、風が吹くとまるで赤や黄色の折り紙が万華鏡の中で煌くようであった。その路をダウンコートを羽織った男が歩いている。頬に艶があり、彼が青年である事がわかった。低い煉瓦塀が路沿いに長く続...
2012.05.06 01:46 まとめwoネタ速neo
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