自殺者の手記

Posted by 松長良樹 on 30.2012 0 comments 1 trackback
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 この手記を見て君がどういう顔をするのか僕にはおよそ想像がつく。たぶん君の顔にはもう血の気もなく意識も霞んでいるかもしれない。極度の貧血といったところだろうか。実をいうと君は僕に確実に殺されるのだよ。君が目を覚ました時にはもう遅いのだ、手遅れなのだよ。君は喉に刺さった鋭いナイフを見たら気違いみたいに泣き叫ぶかな。それとも声さえも出せずにのたれ死ぬのかな。想像するだけでぞくぞくするよ。まあ見ものだ。支離滅裂な文章だと思うかも知れないが今に痛いほどに意味がわかるよ。
 僕はどうあっても君にだけには僕がなぜ君を殺すのか、その訳をどうしても知らせておきたくてここにこの手記を書いているのだ。 原因は嫉妬だよ。のたうつような下劣な感情だ。卑しく浅ましい憎悪だ。しかしそれが僕の殺人の動機さ。単純明快なものだ。僕は恋人の綾乃を君に取られた。よりによって君に彼女をとられるなんて夢にも思わなかった。
 それにしても忌々しいじゃないか。綾乃は君と寝たくせに悪びれる様子もない。それに最悪な事に僕を君と間違えて愛しはじめてる。いや間違えてじゃない。ああ、悲しいじゃないか。許せないじゃないか。綾乃に取っちゃさほど変わらないのかもしれない。しかし僕には一大事だ。君は解離性同一性障害って知っているか。簡単言えば多重人格の事だよ。
 いつの頃からか僕と君は一つの身体を二人で共有し始めた。だから君にも全く同情できないわけじゃない。父は酒乱で何かにつけて僕を虐待した。まったく恐ろしくて母はいつも泣いていた。そのときに君は現れたんだよね。ネガティブな心をもった僕の前に平然として。園田先生によれば崩壊寸前の自我を守るためにだ。僕は根暗だが君は陽気だった。まったく喜劇だな。
 しかし、それにしても僕は綾乃が君に抱かれて恍惚に酔うなんて断じて許せないのだ。君と僕は違うのだ。歳までもが違うのだ。日記によれば君は名を遠藤俊治と言って十八歳だ。僕は遠藤啓二と言って二十三歳。精神分析の得意な、主治医の園田先生のカルテによればそうなっている。むろん名付け親は園田先生だ。
 どうだ事態がわかるか遠藤俊治君。僕はここに深い覚悟と決断を持って君を殺す。しかしそれは遠藤啓二の自殺に他ならない。皮肉な話だ。まったく悲しい事だが僕はそれを実行する。仮に君が僕に詫びようとしてももう遅いのだよ。これは喜劇的な死ってやつだ。誰も同情なんかしっこないし、もししたならそいつは偽善者だ。
 はたして君はここまで読んでくれたのだろうか……。まあ読んでくれているものと仮定して先を書こう。しかし綾乃と君の件は僕には実に辛かったよ。いったいいつから君はその紳士面を引っ提げて綾乃と寝ていたんだ、そのことを知ったとき僕は激情に駆られてしまった。普段おとなしい僕が殺意に取り付かれて凶暴な獣に変わっていたのだよ。
 君を殺してしまいたのだ。しかし、二重人格である僕にとっては自殺をする事以外に君を殺すすべがない。手遅れさ、僕はこの手記を書き終えたらすぐにナイフを喉元に突き刺すつもりだ。この手記を読みたまえ。そして泣きたまえ。苦悶したまえ。僕は今すぐ、君が死ぬ前に君を目覚めさせてこれを読んでもらうつもりさ。僕は眠るよ、君の覚醒の方法については園田先生の話を注意深く聞いて会得しているのさ。
 ――さようなら。遠藤俊治君。天国でいい夢でも見りゃいいや。

 綾乃悲しまないでほしい。僕にはこうするよりなかったのだ。これと同じ内容のものを僕は彼に読ませた。

 ポストの中にその手紙を見つけて読み終わったとき、綾乃の胸中に只ならぬ恐ろしい予感が突き抜けた。ワードの手紙であったが、最後の一文だけがペンで走り書きしてあった。
 綾乃は彼のマンションに駆けつけ重大事だと告げて、管理人から鍵を借り遠藤啓二の部屋に入った。まったく整理のつかない妙な感情が綾乃を支配していた。そしてそれに動かされていた。そういえば彼は最近ノイローゼ気味で心療内科にかかっていたのだ。部屋に入るなり綾乃はベッドで突っ伏している遠藤を見とめて傍により、悲鳴に近い声をあげた。遠藤の喉にナイフが突き刺さっていたのだ。右手にナイフを握り締め、左手には皺くちゃのあの手記をつかんでいる。喉の左側からは赤い鮮血がほとばしっていた。
 綾乃はあまりの衝撃に気絶しそうになったが、なんとかこらえ呆然自失として暫らく彼を眺め、彼が死んでしまったのか確かめようとした。しかし思い返したように救急車を呼ぼうとして電話に手をかけた。すると途端に薄気味の悪い笑い声がどこからともなく沸き起こった。驚いて電話を取り落すと、なんと彼の死体が笑っているのだ。冥府の彼がこの世を呪って笑っているのだろうか! ああ、彼は成仏できずに生き返ったのだろうか? まさかゾンビか、或いは怨霊みたいな化け物になってしまったのだろうか! それはちがう、彼は最初から死んでなどいないのだ。
「いやあ、ごめんごめん。すっかり君は本気にしてしまったようだね」
 遠藤啓二はいきなり起き上がると玩具のナイフを首から放し、申し訳なさそうな照れ笑いをした。
「……嫌だ!」
 綾乃はそういったきり後の言葉が出てこなかった。
「この血はねえ、通販で買ったメークアップ用のものさ、よくできている。顔にもお化粧していたんだ死人みたいな顔になるように」
「ああ、もう嫌だ」
 蒼白な表情がいくぶん赤らんできた彼女は不機嫌な表情になった。
「おどろいた、あなた最近ノイローゼ気味で心療内科にかかったって言ってたから、本気にしてしまったのよ!」
「ああ、あれは全部作り話さ。それも伏線のうちさ」
「こんなことして、いったいもうどういうつもりなの」
「僕は今シナリオの勉強をしている。ジョーカーと言う面白いグループに入会したのさ(ジョーカーについては奇想の中に書いてあります)これをメンバーに見せて評価をきこうと思ったんだ。でも日頃退屈で仕方のない僕は悪いとは思ったけど、君を相手にお芝居をしてみたくなったのさ。しかし君にこの手紙をどう読ませるかちょっと考えたよ。最初は死んだふりをして手に手記を握っていようかと思ったんだが、それじゃ君は読む前に慌てて警察に通報しかねないからね。だからポストを思いついたんだ。どうだい僕のシナリオの出来は? ははっ、悪く思わないでください」
 そう言って遠藤啓二は意外なほどほがらかに笑った。
「もう!!」
 ――綾乃は泣き顔を隠すようにベッドに突っ伏した。

                        了
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 この手記を見て君がどういう顔をするのか僕にはおよそ想像がつく。たぶん君の顔にはもう血の気もなく意識も霞んでいるかもしれない。極度の貧血といったところだろうか。実をいうと君は僕に確実に殺されるのだよ。君が目を覚ました時にはもう遅いのだ、手遅れなのだよ。...
2012.05.06 01:46 まとめwoネタ速neo
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