聖獣の系譜 21

Posted by 松長良樹 on 15.2012 0 comments 0 trackback
52rrr_convert_20120615193218.jpg

 ――銀座の高層ビルにある高級クラブで惨事が勃発していた。
 あっという間にクラブ『クリスタル』の店内に阿鼻叫喚が渦巻いていた。惨劇の舞台が予告もなく開演したようであった。宗田劉生という有名企業の御曹司は顔面を抑えてもがき苦しんでいるし、恰幅の良い警官は腹を割られて瀕死であり、腰のホルダーから銃を出した若い警官は手首が千切れてボックス席にすっ飛んでいた。そして泣き顔の絵里加はその怪人に抱き寄せられていた。男は彼女の腰に手をまわして放そうともしない。
 三人目の添田という中年の警官は目の当たりにこの異常時を見て、さすがにうろたえたが怪人物を見つめながら身の危険を感じて無線で警察本部に連絡を入れた。賢明な対応であった。店内の人はもう半狂乱に近い勢いで我先に店から出て行った。添田は怪人と適当な距離を保ちつつ、決して相手には近づかなかった。美貌の絵里加の顔にはもう血の気がなく、意識さえ失いかねない恐怖のどん底状態であった。
 しかし、間もなく銀座通りにけたたましいパトカーのサイレンが鳴り響き、近くの築地警察署から大勢の警官が出動してビルを取り巻いてしまった。犯人を決して逃がさない警察の常套手段である。警官たちは武装していて店の入り口に迫っていた。ヘルメットをかぶり、防弾チョッキまで着込んでいた。熟練された射撃班が組織され、銃身の長い狙撃銃が怪人に狙いをつけていた。もう店内には怪人と囚われの身である絵里加の二人しかいなかった。
 警官添田ももう後方に退去していた。だが怪人はその不気味な笑いを絶やさなかった。絶体絶命ともいえるその状況の中にいて怪人は笑い狂っているのだ。まるで悪魔がこの世を嘲弄するようであった。しかし人質の絵里加がいるので武装警官もへたに発砲できなかった。唇を噛みしめるような緊張した時間が氷結したようであった。
「この綺麗な女が俺は気に入った! 貰っていくぞ!!」
 怪人が大声をだした。と同時にその獣のように恐ろしい眼が燃え上がり、怪人はいきなり窓に向かって走り出した。そしてそのまま窓を突き破って外に飛び出してしまったのだ。
 高層ビルのこの硬質ガラスが並の人間の体当たりで割れるわけなどないのだが、その恐るべき力はもはや超能力、神通力の域に達していた。暗い夜空に警察のサーチライトがはしった。
 そしてそのサーチライトはビルの側面に貼り付いた怪物をとらえた。地上二十階建の高層ビルの十階あたりに、その怪物は哀れな絵里加を小脇に抱きかかえたままで、ビルをよじ登り始めたのだ。まるでマーベル・コミックの超人のようであった。そして上へ上と怪物は尚も登っていった。ふと下を眺めると、いつの間にかビルの周りに黒山の人だかりができていた。その前代未聞の見世物に人々は恐怖しながらも魅了されてしまったのだ。事実これほどのニュース、刺激がそうそうあるわけもなかった。
 怪物はついにビルの屋上に躍り上がった。そこはもうサーチライトも届かぬ、黒暗々とした場所だ。警官隊が屋上にすぐに追いついたがその時にはもう、怪物の姿は屋上にはなかった。もちろん警察はくまなく怪人の潜めるような場所を捜索したのだが、怪人はついに見つからなかったのだ。あの獣のような怪物とナンバーワンホステスの絵里加は屋上の闇に忽然と消え去ったのだ……。

                      つづく
スポンサーサイト
Category : 聖獣の系譜


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://kitunosuke8.blog33.fc2.com/tb.php/287-9efa122c
▲ top