聖獣の系譜 41

Posted by 松長良樹 on 05.2012 0 comments 0 trackback
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 苦しい心情を抱えた望月であったが世間では英雄視されつつあった。いっきに国中にその名と活躍が知れ渡ったのだ。もちろんそれは彼の好むと好まざるとによらなかった。それにその日を境にして仕事の依頼、問い合わせが相次ぎ、彼は一人でその対応に追われ、とても忙しくなってしまった。依頼内容のトップは人探しや事件の依頼、身辺調査、その他種々雑多で、ボディガードや会計事務の仕事さえその中に含まれていた。出来そうもない仕事は最初から断ったが、こんなに仕事があるのなら面接して人を採りたいところだが、今の望月には人の採用が躊躇された。だからその仕事をそっくり外注したりして場をしのいだ。
 望月はたった独り、事務所の窓から東京の寒々とした夜空をしばらくじっと眺めていたが、やがて瞑想でもするように目を閉じた。来たる四月十四日にあの決闘の日が控えている。今から二週間余りの先だが、相手は未知の強敵だ。必ず勝てると言う保証なんてないし、戦いを放棄してどこか異国にでも行ってしまいたい気持ちも少なからずあった。
 望月は以前黒川に聖獣の血を討たれてしまった時、自分が何かの拍子に黒豹に変身してしまうのをずいぶん悲観して、黒川の助手の仕事を放棄して船に乗った。船員にはなれなかったが甲板部員として働いたことがあるのだ。それはきつく慣れない仕事であったが望月の強靭な体力がそれを支えた。そして又彼には見知らぬ外国の地を目的もなくさまよった経験がある。その荒んだ時代に彼は自暴自棄になり、右腕に錨のタトゥを彫り込んだのだ。そういう昔をふと思い出す望月なのであった。
「敵を知り己を知れば百戦危うからず」これは、孫子(そんしは、中国春秋時代の思想家孫武の作とされる兵法書)の有名な一説であるが、実はこの言葉を望月は座右の銘にしている。なぜなら望月は敵と戦う際に相手を知るどころか、ただ怒りだとか憎悪だとかで衝動的に戦ってしまう傾向が強いからだ。
 これまで彼が負けなかったのはただ彼がやたらに強いからだった。運が良かっただけなのだ。しかし今度ばかりは望月も考えなければならないだろう。どうやって未知の相手に勝つか? ああ、考えてみれば敵の力はまったくわからない。孫子では敵の力量が解らなければ戦うなと説かれてある……。

                    つづく
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