ああ、神様

Posted by 松長良樹 on 10.2013 0 comments 0 trackback
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 年が明けてから間もない頃、近所の古寺の前でコウジは財布を拾った。周りに近代的なビルの立ち並ぶ街の片隅に小さな綺麗とはいえない寺があり、そこでコウジは薄汚れた長財布を拾ったのだ。正月休みの神参りの帰りの事であった。
 警察にでも届けようかと何気に中を覗くと、一円すら入っていない空の財布である。カード類も何も入ってはいない。面倒臭いから草むらにでも捨ててしまおうと思った時、どこからともなく変な声がした。
「おい、コウジ財布を捨ててはいかん」
 コウジはびっくりしてあたりを注意深く見まわした。が、誰もいない。いったいどこからの声なのであろうか。首をかしげて考え込む。と、また声がした。
「ここじゃ、わしはここにおる」
 よくよく聞き耳を立てればなんと財布の中から声だ。ちょっと薄気味悪くなって恐る恐る財布の小銭入れの中をよく見るとそこに小さな人間がいた。驚きのあまり財布を取り落としそうになったが何とかこらえた。
「よう、おめでとう」
「……」
 しばらくコウジは絶句したが、その小さな人間の観察を怠らなかった。見ればみすぼらしい神主みたいなボロボロの装束を身にまとい髪はばさばさ、目はとろんとして生気が感じられなかった。
「あ、あんだ誰です?」
「わしは貧乏神だ」
「び、び、びびびび――」
「何をびびっておる。この財布の持ち主はわしに取りつかれ哀れにも線路に飛び込んだ。もちろんあまりの貧乏を悲観しての事だ」
 焦ってコウジは財布を放り出した。しかしその貧乏神と称する小人はひらりと宙に舞いコウジの懐に飛び込んできた。
「この財布を拾った時点でわしはお前に取りついた。残念だが生涯お前と共におる」
「貧乏神と一緒なんてごめんですよ、ああ、なんて恐ろしい。お願いだからどこかに行ってください!」
「そうはいかん。わしと共に暮らそうでなないか。コウジ」
 そこでニヤリと笑う貧乏神。
「や、やだー!!!」

  * *

 ――時は過ぎた。歳月は人を待たずというが若かったコウジも三十代になっていた。あれからというもの何をやってもだめだった。会社では失敗続きで首になるし、長続きした仕事なんてない。あらゆる業種に挑戦したがことごとく敗れた。今じゃ安アパートの家賃さえ滞納しているありさまだ。貧困と絶望が目の前に迫ってきた。
 ある時コウジは貧乏神に向かい合うようにして懇願していた。
「僕はこのままじゃ、本当におしまいです。ホームレスにでもなって街をさまよい歩くのがおちでしょう。いいかげんに僕から離れてはいただけませんでしょうか」
「嫌だねえ。お前からは離れんぞ、死ぬまで」
 この貧乏神のふてぶてしい態度にコウジはついに切れた。
「よーし、お前があくまで僕に取りつくと言うのなら、考えがある」
 とうとう貧乏神をお前と呼びつけにしたコウジは、怒り心頭に達し、思い切って自ら事業を始める決心をしたのだ。開き直りとでも言おうか。
「貧乏でも無一文でもアイデアとやる気さえあれば何での出来るのさ!! 僕は必ず成功して金持ちになってみせる、おまえを見返してみせる」
 コウジはこう豪語した。それは自らに対する叱咤激励でもあった。しばらくは途方にくれたようなコウジだったが、暗中模索の末、コウジが最初に始めたのは耳掃除だった。なんとコウジは自分で考案した耳かきで金持ち夫人宅に出張し、言葉巧みに耳の掃除を始めたのだ。
 安田式耳かき真療法(安田はコウジの姓)と言うのが、そのキャッチフレーズであった。もちろん耳の研究に余念はなかったし、耳そうじのテクニックも群を抜いていたから、奥様達をしだいに虜にしていった。
 最初は苦労の連続であったがコウジはくじけなかった。あるときテレビ局が珍しがって取材に来て、これを皮切りに安田式真耳かき療法は全国に知れ渡った。そして努力の末、銀座に店を構える事ができた。それは予想外の富をコウジにもたらした。
 しかしそれぐらいの事で満足するコウジではなかった。彼は次々と新事業を展開していった。例えばストーカー、いじめ等の根元的な解決を探る個人SP会社の設立。或いは都心でのレンタルバイク店の開業。彼のだすアイデアは世間のニーズにうまく合致し、成功の階段をひたすらにのぼり詰めていくのだった。
 睡眠時間もろくにないコウジであったが、すでに貧乏神とは絶縁状態にあった。あれから一言も口をきかないのだ。

 ――それからまた年月は過ぎた。コウジは五十歳になっていた。彼はこのころ経営コンサルタントをしていた。今ではテレビにもよく顔をだす有名人だ。むろん開拓した数々の事業は信頼できる社員に任せていたから心配はない。
 そんな折、貧乏神の方からコウジに話しかけてきた。こんな風に――。
「あのう、コウジよ、おまえ金持ちになっちまったな」
 答えないコウジ。
「どうも、妙な事になってしまったものだ。最近居心地が悪くてかなわない。わしはお前のもとを去ろうと思う」
「あれれ、貧乏神さん。死ぬまで僕に取りついて僕を貧乏にするのじゃなかったでしたっけ?」
 むろん皮肉である。
「そのはずがどうも可笑しなことになったものだ。とにかくさらばじゃ」
やったー!! コウジは表情には出さず心の中でガッツポーズだ。貧乏神に勝ったとコウジは思った。

  *  *

 あるとき雲の上の天界で数人の神様たちが話し合っておられた。それがどうもその神様の中にコウジに取りついた貧乏神の顔もあった。内容とはこんな話である。
「しかしあなたも手の込んだことをしたものですねえ」
 そう話かけたのが福の神で答えたのがコウジに取りついていた神様。
「彼を奮起させるにはああするのが良作なんですよ。コウジは怒らせた方が力を出すんですよ。わしは見抜いておりました。わしが力を貸したのは彼が本気になったときのみです」
「なるほど、そうでしたか。私達はあなたが貧乏神に化けて、彼に取りついた時には気でも違ったのかとおもいましたよ。まあ、でも、よかったじゃありませんか。彼は自分の力で今の地位を築いたんです。そう簡単には崩れさることもないでしょうね。しかし空の財布に隠れていたというのもまた面白い思いつきでしたね」
「ええ、あの財布はわしが以前とりついて大金持ちになった人物のものでしてな、わざとあの辺に置いたのです」
「そうでしたか。はっはっはっはっはーっ」
「うっふふふ、ほーほっほほほっ」

 天界に福の神たちの楽しげな笑い声がいつまでもこだましていた。


                     おしまい

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