運命の使者

Posted by 松長良樹 on 24.2013 0 comments 0 trackback
名称未設定-1

 美沙はソファに座って煙草をふかしたが、ロビーに男の姿が見えるとすぐにもみ消して灰皿の中に押し込んで、素知らぬ顔を決め込んだ。シティホテルのラウンジである。大きな窓に陽光を受けてラウンジが輝いている。男はスーツ姿で最初は様々な人がいるので中々美沙に気づかなかったが、ふと美沙の前に立ち止って彼女に視線を落とした。でも美沙の方は表情も変えず、外の街路樹を眺めているばかりなので、なんとなく躊躇したようにそこを通り過ぎて、別のソファに腰をおろした。
 彼女は決して美人ではなかったが、それなりにおしゃれをしていた。濃紺のシックなワンピースに髪型は編み込みのサイドアップスタイルで、実年齢より彼女をかなり若く見せていた。美沙は露骨な視線を決して男に送らなかったが、男に気づかれないようにしっかりと男を観察していた。男はなんだか落ち着きがなかった。そわそわしていてまわりを何度も見回している。落ち着きのない男が美沙は嫌いである。そして優柔不断と言う言葉も同等に嫌いである。
 時間だけが過ぎてゆき、男はなんどか欠伸と咳をした。もう少しで美沙が帰ろうとした時、男は立ち上がって美沙の前に来て、こう言った。
「すみませんが、この前の席に座ってもいいでしょうか?」
 美沙はなにも答えず不信顔である。
「実は待ち合わせに来たのですが、相手がわからない」
「えっ? まあ、それでも待ち合わせなのですか」
「はははははっ、ですよね」
 その男の照れた笑顔に美沙は少しだけ好感を持った。美沙が微笑んだので男は安心したのか、そこに座り取り留めもなくしゃべり始めた。
「いや僕はね、このまえ面白い男に会ったんですよ」
 唐突でまったく意味不明の話であったが、しかたなく美沙は聞いていた。
「僕はこうみえても未だに独身でしてね、職場には女気がなく、チャンスと言うか出会いがないのです。それで僕は先週、ある友達の紹介でパーティーというものに出てみたのです。いや、パーティーは初めてではありませんが、ああいうのは初めてでした。そのパーティーは会員でなくては出られない、Kクラブと言うかなりリッチな人のためのクラブなのですが、そこは富豪の息子だけあってうまく僕を誘ってくれた。それで内心ドキドキしながら出てみたのですが、なんの収穫もありませんでした。なんだか女性がやたら着飾っていて自分を売り物にしているようで、うんざりして、友達には悪かったのですが早々に帰ろうと思いました。そうしたら、へんな人に出会ったのです。男の方で金髪なのです。顔はどうみても日本人なのですがね。服は白いスリーピースという出で立ちでした。そのパーティー会場の外の広い廊下で、その人は撫し付けにあなたの相手はここにはいませんと臆面もなく言い切ったのです。生命周期があなたとは合わない人ばかりですからねってね。いやあ、驚きましたね。ちょっと変な人だと思いました」
 そこで男はひと呼吸置いて、美沙の様子をうかがった。そして興味の光が彼女の瞳にあるのを確認してからまた話し始めた。
「その男は名刺を差し出しました。名刺には『久 美人』ルビがあって「ひさ・よしと」と読むのらしいのです。そうしてその人はこういうのです。あなたは運がいい人ですねえ。私に会えるのは百万人に一人位なものだってね。益々僕は不信感を強めましたよ。ですがその男はこう言いました。私がセッティングしてあげましょうか、運命の出会いというやつをってね。仕方ないので、それは有難いが私はもう帰りますといいました。しかしその男は僕の背中に向けてこう言ったのです。Wホテルのラウンジで、○月○日PM三時、運命の人がそこにいる。とね。はははははっ、笑えますでしょ、まったく笑い話ですよね。この僕ときたら馬鹿ですよ、もしかしたらと思ってこうしてここに来てしまったのです。いやあ、見ず知らずのあなたにこんな話して本当にごめんなさい。なんだかあなたを見たら、その話を無性にしたくなってしまった。申し訳ありません。まったくもって意味さえわかりませんでしょ」
 しかし美沙はその話をとても注意深く、静かに聞いていてこう言った。
「その金髪の人、まだ若い方でしたでしょ。そして本当に生命周期のあう人は百万人に一人ぐらいなものだって。そう言いませんでした?」
「えっ、なんでそれをあなたがお知りなのですか?」
「先週、その方に居酒屋でお会いしました。そして同じようにして、わたしはここに来た」
 男の表情が一瞬、複雑になったが、すぐに笑顔を取り戻した。まえよりずっといい笑顔だ。
「で、あなたは彼を信じますか?」
 男が手を差し伸べてそう言い、美沙はその手を取ってゆっくりと頷いた。そしてラウンジを後にしながらこういうのだった。
「彼の名前は「ひさ・よしと」ではないと思うの。わたしは久 美人=キューピットだと思う」
 ――男が頷いて、さらにいい笑顔を湛えた。


                                 了
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