アイドルの秘密

Posted by 松長良樹 on 27.2013 0 comments 0 trackback
名称未設定-1[1]

 乱歩の作品で屋根裏の散歩者と言うのがある。屋根裏から人の部屋を覗く話で、ずいぶん前に面白おかしく読んだものだが、少しばかりそれに似た状況に俺は置かれた。どういう事かというと隣の部屋に飛び切り可愛い女子がいて、俺はその女子の部屋を覗くことが出来る。こう書き進めていくと俺が変態じゃないかと邪推されそうだが、俺はストーカーでも覗きが趣味な訳でもない。
 そもそも俺がこのアパートに引っ越してきて備えつきのクローゼットを開けたら、そこに小さな風景画がかけてあり、なんだこれ? と思いつつ、それをどけたら小さな穴があって、隣が見えた。そしてそこにはネグリジェ姿の可愛い女の子が、ベッドで本を読んでいたのだ。歳の頃なら十、七~八だろう、目の大きな睫毛の長い少女漫画の主人公のような、輝く宝石みたいな女の子だ。
 俺はびっくりして一瞬眼を遠ざけたのだが、恐る恐るまた覗いてしまった。本来ならすぐにでも大家に報告しなければならないのだろうが、俺はそれをしなかった。好奇心には勝てず、それを秘密にした。だけれどこの行為はやっぱりいけない。落ちていた金をくすねれば犯罪になるのと同じ理由で。
 だが俺は彼女を一目見るなり、心がいかれちまった。なんというか全身から発散されているオーラのような魅力に心を持って行かれてしまった。それは歓喜に満ちた至福の時間で、それ以来俺は会社から帰る度に彼女の部屋を覗いた。悪い事とは知りながら。
 偶に彼女が留守だったりすれば、がっかりして凄く心配になったりした。ところがある時、テレビを見ていて彼女が可愛いミニスカート姿で歌っているのを見た。思わずテレビに釘付けになったが、やっぱり見間違いではなかった。新人アイドルの古野間恵理というのが彼女の芸名だった。心臓がなぜかドキドキした。嬉しいような、切ないような変な想いが胸にこみ上げてくる。
 それからというもの彼女の帰りが不規則になり、夕方から家を出たり、帰らない日が多くなっていった。彼女が売れ始めたのだろう、でも俺はとても寂しくなった。彼女の生の身体が見られないと悶々としてしまう始末の悪い俺がそこにいた。
 ある日の彼女の帰りは深夜だった。物音ですぐにわかった。穴から覗くと、その日の彼女は顔が黒ずんでした。とても疲れたようで、まったく覇気がなく息も絶え絶えなのだ。そんな彼女を初めて見て俺の心が痛んだ。疲労困憊も著しい。
 これがアイドルの実情かと思った、売れたはいいが身体はボロボロって感じだった。その頃には彼女は既に売れっ子だったから。
 そして彼女はそのまま寝るのだろうと思っていたが、ベッドの横にあるスタンドの抽斗からなにやら小さな瓶を取り出した。小さな緑色の瓶で、瓶が半透明なので黄色い液体が透けて見えた。そしてそれで一口、唇を湿らした。するとどうだろう、こけた頬がピンクに染まり、ふっくらとして張りが出てきた。まるでアニメーションを見るようだった。
 極端に衰弱していた彼女が生き返えったようで、前より一層輝いて見える。これにはたまげたが、まあひとまず俺は安心した。だがそう言う事が何日も繰り返されると、今度はその瓶の中身が気になって仕方がない。あの液体はいったい何なのだ。正体が知りたくて仕方がなくなった。精力剤? プロテイン? 魔法の薬?
 俺はそれを確かめたくて気が狂いそうになった。そしてあるとき彼女の部屋に忍び込む事に成功した。その方法についてはピッキングによるものだったが、ここでは詳細は省略させていただく。ともかく俺は彼女の留守中にあの瓶を抽斗から持ち出してしまった。あとで彼女がこまるだろうなんて配慮さえなかった。あの時の俺は酷い男になっていた。今思うと自己嫌悪に陥る。
 そしてとんでもない事態になった。まさかという超仰天の事態だ。俺はあの夜の事を生涯忘れない。遅い時間に帰宅した彼女はもうフラフラで今にも倒れそうだった。そして這うようにして抽斗を開けたのだが瓶がない。とても困った深刻な顔になった彼女。そして次第に狂らん状態になり、喉を掻き毟り始めた。その間にも彼女は部屋中をひっかき回し、ベッドまでひっくり返した。だがどうしても瓶が見つからないので、今度は泣きだした。俺はそれを息を殺して覗き穴から見ていた。なぜ俺はあの時彼女を救わなかったのか、俺はただ怖かったのだ。瓶を持ち出したのが俺だと知られるのが。
 そして到頭彼女は息をしなくなった。仰向けになったきり微動だにしない彼女。身体がしぼんでいくようだった。俺は物凄い罪悪感に駆られ、その翌週にそのアパートを引き払った。そしてホテルの部屋であの瓶の薬を眺め、やがて舐めてみたい衝動に駆られた。とても怖かったが、俺はなにかに突き動かされたようにそれを一口、口に含んだ。そしてごくりと呑み込んだ。

 彼女はもういない。ニュースでは行方不明だと言う。可哀想なあの子はあのまま死んでしまったに違いないのだ。そして殺したのはこの俺なのだ。


 今の俺は不思議な昂揚感に支配されている。天に昇るようだ。ああ、身体が変化していく、まるで女のようにしなやかに、美しく、愛くるしく。
 俺は思わず鏡の前に立った。そしてそこにいる若きイケメンにいかれてしまった。まるで全身から後光がさすようであった。俺はそこでターンをしてポーズを決めた。

                            了
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