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Posted by 松長良樹 on 01.2013 0 comments 0 trackback
名称未設定-1

 水面に三日月が揺らいでいた。私は舟に乗ってとても緩やかな流れの河に身を任せていた。心地よい風が頬を撫でる。なんという落ち着いた心持であったろうか、岸辺に薄紫の勿忘草が咲いていた。その可憐さに心を打たれ、つい手を伸ばしたがそれは遠すぎて触れることが出来なかった。
 そこで初めてここがどこかと言う疑問が心に湧き上がった。憶えていないのだ。なにもかもだ。
 それなのに私の心はまったく焦りや、恐怖を感じなかった。それどころか妙に悟りきった余裕の様なものが心を包んでいた。私の他には誰もこの小さな船には乗っていないらしい。私はごろりと横になって満点の星々を仰いだ。感無量。そういうものが私を支配していた。もう少しで舟は向こう岸につきそうだ。
 そのとき水面にさざ波が立ち始め、それが次第に大きくなった。それに伴い風が強くなった。その風が瞬く間に暴風雨に変わった。突然の嵐である。さすがに驚いて私は起き上った。そしてふと、彩恵と言う名を心の隅に思い出した。実に不思議な感覚であった。すると急に妙な寂しさが心に巣食いはじめ、それは取り留めもなく広がった。
 岸辺に見える大きな樹木が騒然として軋み、狂おしく枝葉をうねらせている。ついさっきまでの夢心地が一変して、とても切羽詰った思いが私に圧し掛かってきた。
 雷雨を伴う風が容赦なく吹き荒れていた。小さな船は激流に木の葉のように弄ばれ、あっけないほど簡単に転覆した。
 私は溺れて、もがいていた。すると水中に黒い影が出現し、その影が私の名を必死で呼んでいる声が聞こえた。

  * *

 ベッドで目を覚ました私の前に彩恵がいた。とても懐かしい暖かい眼差しが私を凝視していた。そして傍の白衣の男が微笑んで言った。
「もう大丈夫です。本当に良かった。御主人は峠を越えられました。奇跡ですね」
 私はすべてを思い出していた。私は事故に遭い、そして……。私は彩恵を心から愛している。そして彩恵も私を。その愛が私をここに引き戻したのだ。

 ――あの川の名はあえて言うまい。


                         了
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