スイーツルーレット

Posted by 松長良樹 on 29.2013 0 comments 0 trackback
名称未設定-1 (32)[1]

 永田稔は黙って目を閉じ、チョコレートパフェを口元にもっていき、生クリームの部分を舐めようとしたが、計り知れぬ戦慄が重く圧し掛かって舌先が硬直した。とうに唇は渇き、顔面蒼白で目さえ虚ろだ。
 薄暗い部屋の中、小さな円卓をはさんで二人の男が向い合わせに座っている。円卓上には特製のチョコレートパフェが二つ置かれている。男の一人は美青年の永田稔、もう一人は資産家の大木和雄だ。永田はまだ二十代の青年で、大木は三十過ぎの男である。
 だが、なぜ、この一流パティシエがつくったチョコレートパフェがそんなに恐ろしいのか?
 その訳を明かすとこれは一人の麗しい女性を巡っての争いだ。つまり恋の為の戦いだ。女は北川玲子といってとても美しい令嬢で、彼女はこの二人がまんざら嫌いではないのだ。
 そしてこの二人の男性は玲子が好きで仕方がない、心から愛してしまっているのだ。そして各々が玲子に求愛したのだが当の玲子が煮え切らないから、若い永田稔が血気にはやってこんな気違い沙汰を申し出たのだ。
 つまり二つのチョコレートパフェにうちの一つに青酸カリウムを入れ、それを食べなかった運の強いものが彼女をもらうと言う仕掛けである。これはもう銃や剣を使わない決闘に他ならない。
 青酸カリウム、この毒物を経口摂取すればおよそ十五分以内に中毒死する。申し出られた大木としても男の意地にかけて引くに引けず、この勝負を受けて立ってしまったのだ。ああ、なんという常識はずれな決闘なのだろうか、だいいちこれは合法的でない。人一人が死んだら事件になるに決まっている。
 もっと尋常でないのは美貌の北川玲子がそこに同席していると言う事だ。彼女は女の魅力を存分に振りまくような格好で、しかも涼しい顔をして二人の紳士の表情をへんに見比べながら恐ろしい程落ち着いて、部屋の隅の洒落た椅子に腰かけている。
 色白でか細い彼女の指にワイングラスがのっている。彼女は男と男が命をかけたこの小さな闘技場と化した部屋で酒を飲みながら、観戦でもしようと言うのか。


 永田が深いため息をついた。
「僕が先にこっちのパフェを選んだのだから、食べなければなりませんね」
 覚悟を決めたように低い声で永田が言うと、玲子がかすかに微笑んだ。大木は口を真一文字に引き結んだままチョコレートパフェを凝視している。そこでまた時間がしばし流れた。ともかく永田がチョコレートパフェを口にするまでとてつもなく長い時間を要した。もういくらか夜が白み始めている。永田の頬が変に痙攣している。
 そしてついに永田は渾身の覚悟の末、生クリームをぺろりと舐め、下のバニラアイスもチョコレートソースもコーンフレークも一気に口に押し込んだ。口の周りはチョコレートだらけのありさまだ。

 そして三人が押し黙ったまま、戦慄の時が流れた。五分ほどが経ったが永田は苦しまない。思わず永田の蒼白な顔に生気がみなぎった。
「ああ、僕は勝った!!」
 永田が堪えきれず上気して叫んだ。それに引き替え、大木の意気消沈ぶりは無残であった。彼は絶望に打ちひしがれ、幽霊みたいな顔をして天井を見上げていた。そこで永田がこう言った。
「大木さん、僕は貴方の命まではとるつもりはないのですよ。こうして勝負が決まった以上玲子さんは僕がもらいます。異存はないですね」
 大木は暫らく悶絶するようであったが、恥ずかしくも泣きべそをかき「うわーーーーーっ!!」と絶叫したかと思うと、いきなりもう一つのチョコレートパフェを口元にもっていった。だが、その瞬間、永田がそれを右手で叩き落とした。恐ろしい程の重い沈黙がその場に横たわり、大木が恥ずかしげもなく泣いていた。

  *  *

 ある日、玲子はおめかしをして場末の地下の酒場に単身で入って行った。どうもそこは玲子みたいな令嬢が一人で出向くような場所ではない。中は煙草の煙が立ち込める、異臭のする世界だ。そしてその酒場の奥にドアがあり、そのドアの向こうはいくつものテーブルの並ぶ賭場のような場所があった。そこで玲子はコートと帽子を脱いで一人の白髪の紳士の前に立ち止った。紳士はかるく微笑んで会釈をして懐から札束を取り出した。そして馴れ馴れしく、少しばかり悔しそうに紳士はこう言った。
「今回は永田という青年の勝ちでしたね。私は貴女の言うとおりに外からうまく覗いていましたよ。だから仕方がありません。またあなたがとんでもない賭けを企画してくれる日を楽しみにしていますよ。今度はぜひあなたに勝ちたいものでね」
 玲子は科(しな)をつくるようにして言う。
「あら、あたくしあの永田さんに本気で惚れたようなので、当分賭けはなしだと思ってくださいね」
「――そうだとしたら、とても残念ですね。でもあなたの事だからわかるものですか」
 玲子はその札束を紙に包み、そそくさとバッグに入れると、それは嬉しそうにその場を立ち去ろうとする。その後姿に紳士が声をかけた。
「ところで御嬢さん、本当に青酸カリなんてものがあの中に入っていたのですか?」
「あら……。 あたくしは永田さんの覚悟が見られただけでもう……」
 言葉の終わらないうちに玲子の姿が老紳士の視界から消えた。

                                 了
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