青い馬

Posted by 松長良樹 on 14.2014 0 comments 0 trackback
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 僕がその馬を見つけたのは、団地のごみ置き場のそばだった。深夜に近い頃、終電に揺られて、会社の新年会の帰りに若い仲間と三次会まで盛り上がって、駅からふらふら歩いて帰る途中だった。むろん酒が残っているから馬を見ても驚きもしないで素通りするところだった。そして僕の視覚が小さい馬の存在を疑って、再度振り返ってそれを見た時に初めて驚嘆した。
 それは確かに馬だった。子犬ほどに小さく全身がぼーっとして、水銀灯の様な光に包まれ、地が薄い青でグレーの縞模様が浮き上がっている。目が大きく、長い睫毛がとても印象的だ。この世にこんな可愛い馬が存在するのだろうか? そう思って立ち止まってそれを凝視した。
 仔馬に違いないがその視線がとても優しい。酒のせいもあったのか、僕は思わずその馬を抱きしめてしまった。その行為はまったく衝動的と言っていいけれど、抱きしめると柔らかで温かい馬の体の感触が伝わってきた。で、どうしたかというと抱きかかえて家に連れ帰ってしまった。
 僕の家は団地から少し離れた戸建てだったから、ペットを自由に飼うことが出来た。だけれどまず心配になったのは、この馬の飼い主がいて、この馬を探しているのではないだろうか? と言う事だった。だから僕は馬を束縛してしまうような事はしなかった。庭で放し飼いみたいにしたが仔馬は決して逃げようとはしなかった。
 僕の家族は母と姉の三人暮らしで、父はすでに他界している。六十五歳の母はその馬を見てとても驚いて「敬一、馬なんてものが家で飼えるわけがないじゃないか」と反対したが、それがあんまり可愛いもので、つい「少しだけ家に置いてみよう」と言った。行かず後家の姉も、最初は驚いて、本当に馬なのかと疑ったりしたが、その愛らしさに思わず冷蔵庫からニンジンを出して食べさせると、その食べ方がとても上品で愛らしいので、すぐに気に入ってしまった。
 僕は庭の物置を改造して馬小屋をつくった。それで寝る時はベッドで時々一緒に寝たりした。名は姉がペガサスと名づけた。
 そんな風にして仔馬は僕の家族同然になった。そして仔馬は三人に可愛がられてすくすくと成長していった。エサは飼葉でなく野菜だった。というかペガサスは雑食でなんでもよく食べた。そして数か月が過ぎたころペガサスは大型犬ぐらいの大きさになり、背中に二つのこぶのような突起が出来た。姉はそれを見て「この馬本当のペガサスかも知れないね」と不思議そうな顔をした。
 そしてペガサスの背の突起は姉の予想通りに、鳥の翼みたいに成長していくのだった。
 日々凛々しく成長していくペガサスだったが、とても賢くおとなしい性質は依然として変わらなかった。僕はその頃、家に庭に塀をつくってペガサスが人目に触れないようにした。こんな奇抜な馬の存在をマスコミなんかに嗅ぎつけられたら、ろくな事にはならないだろうと考えての事だった。
 それからまた数か月が過ぎたころ奇妙な事が起こった。僕が会社の休みの日にペガサスにブラシをかけていると何処からともなく声が聞こえてきた。
「ねえ、敬一」
 その声はそう僕の名を呼ぶ。僕は最初、誰が自分を呼んだのかと思って、きょろきょろしたが誰もいない。そしてしまいに、もしかしたらペガサスが自分を呼んだのかと思いあたった。
「ねえ、敬一、私は貴方の心に話しかけているのですよ」
 そして僕は直ぐにペガサスがテレパシーによって自分と会話できることを知った。
「敬一、そろそろ旅立ちの時が迫ってきました」
「旅立ちの時って、それ、なんなの?」
 僕がなんの話かと思って、そう訊き返すと、大きく成長したペガサスは、僕を自分の背に乗るように促しながら、こうも言うのだった。
「敬一、旅立ちの前に真実を知る必要があります、辛いでしょうが受け入れてくださいね」
 そういうのも束の間で、僕はいつの間にかペガサスに乗って、宙を飛んでいるのだった。少し怖かったが、慣れてくると爽快でもあり、夢のようだった。
 気が付くとそこは見覚えのある夜の駅で、人はいない。そしてペガサスがホームに着地したので、ふと下を見ると、頭から血を流した男がホームの下に倒れていた。
 これは大変だと思ったところが、良く見るとそれが他ならぬ僕自身なのだった。僕はあまりのショックに気持ちが錯綜して収拾がつかなくなった。
 しかし暫らくして僕はすべてを悟った。そして妙な程落ち着いてきた。一瞬に蘇えった記憶……。僕はあの新年会の帰りに泥酔してホームから転落して死んだ。
「ああ、ペガサス僕はもう死んでいたらしい。そうなんだね」
 ペガサスの深く頷いて、慈悲深い目が僕を見つめていた。
「実はあなたが死んでからまだ数秒しか経っていないのです」
 その言葉を聞いて僕は全てが一瞬だった事を理解した。でもそれは夢ではないのだった。そして僕の中で悲しいと嬉しいとが見事に融合しているのに気づいた。心地よき錯乱。それは素晴らしく不思議な想いだった。
「さあ、新しい世界に一緒に行きましょう」

 ――静かにペガサスが言った。

                              了

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