恋人はスパイ

Posted by 松長良樹 on 17.2014 0 comments 0 trackback
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 ――優奈(ゆな)が好きになった、付き合い始めて四か月になる祐二は、自分はスパイだと言う。もちろん彼女がそんな冗談みたいな話を本気で信じてしまったわけではないが、祐二は本気な顔をしてそのことを誰にも知られないように、夜更けの公園でこっそりと優奈にカミングアウトした。祐二は、人影がないのを何度も確認した末、ぼそりと優奈に向かってこう言った。
「俺は諜報員なんだ。秘密工作員さ。俗ないい方をすればスパイだよ」
 優奈はさいしょ冗談だと思って笑い転げたが、祐二の目が真剣そのもので、とても冗談のいえる目ではなかったから驚いた。
「スパイって、いったいどこの国のスパイよ」
 思わずそう訊くと祐二は「それは秘密だ」と一段と声を落として言うのだった。
「悩んだけれど、なぜこんな事を言う気になったかと言うと、僕は本気で君が好きになりそうなんだ。だからそんな事にならないうちに君に告げておくんだ。僕がスパイだってことをね。恋愛も結婚も無理だってことさ」
 そこで優奈は少しむっとした顔をしてこう言った。
「だったらあなたがスパイだという証拠を見せてほしいものね」
「ああ、いいとも」
 ここで祐二は全く動じずに周囲を再度見回した後、スーツの懐から拳銃を取り出して見せた。そして微妙な笑いを浮かべながら言うのだった。
「この銃はベレッタといってあのジェームス・ボンドだって持っていたことがあるガンだ」
「えっ、それモデルガンでしょ、持たせてみてよ」
「それはだめだ、できないね。じゃあこれを見れば信じるかな」
 今度は祐二は内ポケットから札入れを取り出して見せた。その中には一万円札がぎっしり入っていて、同じように高額ドル紙幣も、ウォン紙幣もぎっしりと詰まっていた。
「偽物じゃないよ。これはスパイの活動資金なんだ。実はスパイの仕事にはお金が沢山必要なんだ。人を買収したり、人を動かすのにはこれほど重宝な物はないのさ。僕はいつも百万円ほど持参している」
そして胸ポケットから万年筆を外してこう言う。
「それにこの万年筆はカメラにも小型爆弾にもなるのさ」
 さすがに優奈は少し黙りこんでいたが、あごに手をやり、少し考え深げな顔をしてこう言った。
「本当だとしたら凄いわ、でもあなたが本当にスパイならなんでわたしみたいな女に近づいたりしたの? あなたはエリート商社マンじゃないの? すべてでたらめなの?」
「君は素敵な女性だよ。優奈、心からそう思う。とてもいい娘さ」
 そして祐二は優奈に背を向け、月を仰ぎ見た。そして言うのだった。
「実は僕は君じゃなく、お父さんに興味があった。いや、興味なんかじゃないな。指令を受けたんだ」
「指令……」
「君のお父さんはとても優秀な人だったよね。大手の総合電機メーカーの幹部だ。もっとも重要な部署、研究開発のメンバーだった」
「ええ」
「君のお父さんが死んだのは事故なんかじゃないんだ。この僕が殺した」
 意味が呑み込めない優奈。唖然とする。
「君のお父さんは、機密を某国に流していた。日本にとってはとても重大な機密だ。だから僕は指令を受けた。機密の保持と暗殺……。 工事現場を通りかかったお父さんに運悪く鉄骨が落下したのじゃない。そこを通るように仕向けて故意に鉄骨を落下させたんだ。どうだい、この僕が恐ろしくなったろう、とても憎く感じるだろう」
 その時には優奈は顔面蒼白で、絶句したきりだった。全く言葉を忘れてしまったようだった。父を思うと思わず涙が頬を伝う。
「父が産業スパイだったと言うの? で、あなたが殺したと」
 優奈は地面にへなへなと膝をついた。
「そういえば変だった。警察が何度も調べにきたわ」
「この事を言ってしまうなんて、とても僕と言う男は残酷だと思うだろうが、まあきいてほしい。君の実のお父さんは君が物心もつかないうちに拉致され、もうこの世にはいない。すり替えられたんだ。偽物とね。お母さんも君の本当の母ではない。最初から仕組まれていたんだよ。陰謀なのだ」
「うそよ、――し、信じられない」
 絞り出すような優奈の声。
「僕はこの任務を遂行するために君の家族を調べ上げた。酷い現実さ。目を覆いたくなる。優奈、でもお母さんは別に悪い人じゃない。だから今まで通りにしていれば済む。何も訊いたらいけないよ。そしてこれからもしっかり生きて行ってほしい。僕は他の任務のために、他国に旅立たないといけないから、今日で君とはお別れだ」
 祐二はそういうと優奈をやさしく抱きおこした。優奈を見つめる祐二の目には深い憂いが浮かんでいた。二人は寄り添うように、無言のまま夜の中を歩いた。そしていつしか海岸まできていた。と、何処からともなく爆音が響いてくる。
「僕を迎えにきたヘリだ」
 夜空を見上げて祐二がそう言う。
「さようなら優奈、君を生涯忘れないよ」
 優奈の目にまた涙がとめどなく溢れた。

                                        end

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