大作家への道程

Posted by 松長良樹 on 28.2015 0 comments 0 trackback
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――大都会東京の片隅に鹿沼真司と言う名の作家志望の青年がいた。
 彼は作家になる事を夢見る真面目で熱心で、その上凄く堅実な青年であった。彼が文学に目覚めたのは小学五年の頃で内外のミステリー小説が真司の最初の興味の対象であり、最も面白いと思った読み物の一つだった。
 しかし完璧主義である彼はそれらを夢中で読んだが、なかなか書く事をしなかった。
 まだ自分は本格物を書く力量がないという思いが真司にはあった。時は過ぎ彼は一流大学を首席に近い成績で卒業した。彼の家系は旧華族とも深い関わりのあった大変な資産家であった。
 大学を卒業した彼はまず、小説を書くにはそれなりの場所が必要だと考えた。周りが静かで神経を集中できる環境こそ物書きには大事だ。と彼は考えた。そこで彼は東京を離れ白樺の美しい軽井沢に書斎を設けた。彼の父は実に寛大な人で真司が作家になりたいと言うと「そうかそうか、それも良かろう」と言って援助を惜しまなかった。それを嬉しく思った彼は父の為にも大作家になってやろうと心ひそかに誓った。
 そして彼は小説には書き方があると考えた。どんなものにも作法があるように文章にも作法があるだろうと推測した。まあ、学校の授業のおさらいのようなつもりで文章作法関連の本を沢山買い込み、日夜勉強した。
 次に彼は小説を書くにはストーリー性・どんでん返し・伏線・起承転結。これらが非常に大切な要素だと改めて考えた。そこで小説の書き方についての本を沢山買い込んだ。それぞれが微妙に違うのでどんどん本を買い漁り、気がつけば膨大な本の山が出来て家の中は本の倉庫と化した。
 ある程度の納得が出来たので机のパソコンのキーボードにむかったが、そこで待てよ、と又考えた。優れた小説を書くのなら、やはり優れた文学を完璧に読んでおく必要があるのではないかと。
 そこで彼は世界文学全集を読み出したが、それは永く膨大な時間を要した。そのうち真司はこれは一生をかけても読みきれるものではないと悟った。仕方なく彼は日本文学全集をまた読み出した。そして純文学も良いが大衆小説とて馬鹿に出来るものではないと考え、大衆娯楽小説を読み耽った。
 気の遠くなるような年月が流れた。SFもファンタジーもホラーもハードボイルドもミステリーもその中に入っていた。青年の彼がその頃にはもう中年になっていた。
 そしてやっとある程度の自信が出来たので机のパソコンのキーボードにむかった。
 しかし真志は又考えた。小説を真剣に書くのなら、それを裏付ける知識を習得しなければならないと――。
 そこで彼は学者のような勉強を始めた。政治経済から始まって、物理化学・哲学・心理学・古典・芸術、それは多岐に渡り、興味の対象はとどまるところを知らず、占星術・易・妖術・忍術にまで及んだ。
 この頃から彼の眼つきは常人の域を超え始めた。究極のオタクと化し、脳は肥大していた。読む本はなぜか童話や神話などであった。
 その頃の彼は輝くばかりの美しい白髪をなびかせ、鶴のように清く痩せた老人であった。老年のゲーテ、リスト等を髣髴とさせる荘厳ともいえる面構えであった。
 それから又、長い年月が経過した頃に真司は形而上学に興味を持ち始めた。ついに彼は聖人か或いは仙人のような風貌を持つようになっていた。霊性を帯びた深い表情はもはや誰にも追従できない神に近いのであった。

 あるとき男は無言でどっかりとパソコンの前に座った。はたして何台目のパソコンであるかもわからないが、真司は眼を閉じ座禅でも組もうとする体制であった。

 そして長い時間眼を閉じていたかと思うと両眼がかっと見開かれた。その眼差しには鬼気迫るものが宿り、ついに彼の脳内に流れるように文章が湧き出してきたのだ。
 汲んでも汲んでも尽きないような、優雅で繊細で流麗な文章の束。彼の身に言霊が降りてまるで身体が打ち震え、涙さえ溢れ、興奮で呼吸さえ苦しい。
(さあ、今こそ書こう)
 そう思って彼はその指をキーボード上に持っていった。そしていよいよ文字がパソコンのモニターに躍るかと思われたが、彼の身体は既に極限までに衰弱していた。長い年月は彼の肉体を確実に老化させていたのだ。
 まるでミイラのようであった。いや、まったくミイラそのものであった。
 ――もはや彼の干乾びた指にはキーボードを押す力は残されてはいなかった。

 窓の隙間から風が吹き込むと、彼の身体はその場に砂のように崩れ落ち、そして塵のごとく宙に舞った……。


 ああ、彼はこれほどまでにして、ついに何も書かずに死んでしまったのだろうか?

 いや、それは違う。彼は今でもものを書こうとする人の背後にいる。そして言霊となって、もの書きの心に忍び込み、彼らにものを書かせようとするに違いないのだ。

 ――そうだ、鹿沼真司は必ずしも死んではいない。

                                            了
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