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質問する女

Posted by 松長良樹 on 08.2015 0 comments 0 trackback
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 小雨に煙る宵である。勤め帰りの私は折り畳みの傘をカバンから出そうか出すまいかと思案しながら小走りに家路に急いでいた。
 夕暮れ時の都会のネオンが、街灯に反射して路面にきらきら映っている。やがて路地に入り閑散とした寂しい路にでる。もうしばらくで我が家だ。
「ねえ、もしもし」
 その声は不意に私の後ろの方からした。
 若い女の声音である。最初私は聞こえているのに振り返らなかった。といのも私には若い女の知り合いなどほとんどいないからである。だからへんに馴れ馴れしい声に不信感を抱いていた。
 けれどもその声が再三に及んだので、私は立ち止まって振り返った。すると目鼻立ちの整った女が赤い傘をさしたままこちらに駆け寄ってきた。綺麗な女性だったがいい感じはしなかった。なぜならその女の顔には生気がなく、陰気な眼で私を凝視していたからだ。
「なにか用ですか?」
 私は何の感情も込めないでそうきいた。女は無言で傘をさしだし、私を押すような仕草で相合傘を決め込んでしまった。
「ごめんなさい。わたし、どうしても訊いてみたいことが出来て、それで街角で誰か探していたの、そして……」
「はあっ?」
 私は気の抜けたような声でそう訊き直した。
「ほんの少しだけお時間をいただける? わたし一つの事が気になりだすとどうにもならなく性質なの、わかってもらえるかしら?」
「なんですか、いったい」
 さすがに、私も多少嫌な言い方になっていたと思う。女はシャッターの降りた商店の軒先まで私と歩き、そこで傘を畳んだ。
「――もし、猫が椅子を見る時、猫にはそれが椅子ってわかるかしら?」
 まったく突拍子もない質問だった。私はしばらく返す言葉もなかった。しかし彼女の目が少しも笑っていなかったので、私は素直に答えた。
「たぶん、猫には椅子と言う概念がないから、椅子でなく、他の物に見えるんじゃないですか」
「どんなものに?」
「椅子が木でできていたらただの棒とか、板とか、別なものに」
「そうよねえ」
 途端に女の目が輝いて見えた。
「そう、その通り、それこそが真実よ。ねえ、わたしたちって、あなたも、他の人も固定された概念でしかものが見えないのよ。思い込みってやつ」
「……」
「それが訊きたかったの。たとえばあなたにはわたしが若い女に見えてる?」
「え、ええ」
 私はこの女と関わったのがまずかったと思い始めていた。それでその場を立ち去ろうしたのだけれど、女はへんに饒舌だった。
「あなたは物を見る時、あなた流の色眼鏡をかけて見ているのよ。それはとても大事な色眼鏡だけれど、それでは実体を見られない。だから、あなたの色眼鏡を外してあげましょうか? 実体が見えるように」
 私はもうなにも答えなかった。
「怖い?」
 薄笑いを浮かべて、女はすばやく両の掌を私の瞼に重ねた。


 ――めまいがして暫らくして目を開けると彼女はもういない。
 途端に私は妙な吐き気に襲われ、その場に片膝をついた。

 そしてなんとか歩き出そうとしたとき、目の前の道がまるで沼のように私の足を地面に引き込んだ。

                         End
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