七色の着物を着た女

Posted by 松長良樹 on 18.2016 0 comments 0 trackback
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 長いなだらかな坂道があってその先に鉄の橋があります。かなり高い橋です。昔からその橋は別名自殺橋と言われています。下に川があるのではなく下は線路です。
 で、その橋を渡ったところに、なんとも派手な衣装を着た女の人が時々立っているのです。だからわたしはそこを通りたくないのですが、その橋を渡らないと家に帰れないのです。
 それにしても時々出会うその女の人の風体が尋常ではないのです。奇抜の上に派手と言いますか、七色の振袖を身にまとって(いったいその振袖をどこでどう誂えたかわかりませんが)視線は宙を泳ぐように定まらず、髪を振り乱し、なにか譫言のようなものを口走っているのです。歳ですって、そう、見た目で五十をとうに超えたように白髪も交じっております。薄汚れたその目つきがなにか恐ろしいのです。
 わたしはその女の人がいないようにとお祈りしながら橋を渡るのですが、遠目にもその人を見つけると、目を伏せ足早にそこを通り過ぎるのです。
 何かをされたり、話しかけられたりすることは今までにありません。ですが今までがそうであっても、いつなんどきあの人が豹変してわたしに襲い掛かってくる事が決してないと誰か断言できるのでしょうか? 誰も断言できないでしょう。だからわたしは怖いのです。
 それで、その事を母に話しましたところ、母は知っていたのです。あの方は昔、女中を何人も使うほどのお屋敷のお嬢様だったというのです。お父様は海外貿易で大成功された立派な方だったと言います。外国語にも堪能で、とても派手に振る舞われ、娘様が二人おられ、一人はあの方のお姉様ですが、流行り病で小さい時に亡くなられたそうです。
 だから杉山という貿易商はあの方をとても可愛がられ、なんでも買い与えて大切にされていたそうで、一時はお嬢様を海外留学までさせていたそうですが、あるとき株で失敗をされ、すべての財産をなくされたそうなのです。
 それは杉山という方よりもむしろ奥様とお嬢様を酷く落胆させたようで、今まで何不自由なく、暮されていたのだから無理もないと母は言います。
 そして残ったのは借金の山だけだったと言う事で、奥様はその晩から気が触れたのか、裸で街中を歩かれたそうです。その後奥さまは自殺したと聞きました。杉山という方も後を追うように死んでしまわれた。そしてあの娘さんは可哀そうにたった一人残され、親戚の家に預けられたそうなのですが、どういうわけかあの橋の袂に時々現れるというのです。
 わたしはその話を聞いてとても不憫だと思いました。歳はまだ三十代のはずだと母は申します。そしてあの橋からあの方のお母様は身を投げられたというのです。
 鳥肌が立ちました。それからというものあの女の人の見方が大きく変わったのです。
 わたしはあの女がもしかしたら精神に異常をきたしているのかもしれないと思います。
 だって、いつも橋の袂にいてわたしを待っているのです。そしてまるでわたしを乞食でも見るような哀れなまなざしで見つめるのです。何かを口走っているのですが、なにを言っているのかよくわかりません。子守唄を歌うようにも聞こえ、時々涙を溜めているときさえあります。影のようにわたしに付き纏い、とても気持ちが悪いのです。
 あの橋を通りたくはないのですが、そうしないととても遠回りになってしまうので通らないわけにもいかないのです。顔を見ただけで虫唾が走ります。ああ嫌だ。不吉です。警察に届けるのも気が引けるし、悩んでしまいます。それにしてもあの気違いじみた姿はどうでしょう、この時節にその女は振袖を着込んでいるのです。それもド派手な七色の振袖を身にまとっているのです。それが美しいならともかく、悪趣味な極彩色なのです。薄気味悪くて最近わたしの方がおかしな気持ちになります。
 母に聞きましたところ、最近はおかしな人間が多いから気をつけなさいと注意されてしまいました。憂鬱です。気持ちが晴れません。それにしてもいったいあの女は誰なのでしょう……。


                       end
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