長蕎麦コンテスト

Posted by 松長良樹 on 17.2016 0 comments 0 trackback
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 時は元禄元年 将軍が綱吉の時代。蕎麦が大好きな下総の大名が、とんでもない御触れをだした。
 長い蕎麦をつくる事。より長い蕎麦を打った者には褒美を与えるという、風変わりな触れ書きが高札に表示された。
 それを知った下総の庶民が、お上に聞こえないように愚痴をこぼした。
「いや、まいったねえ。いったいお上は何を考えていなさるのか、お犬様の次は長い蕎麦かよ、さっぱりわからねえ」
 町人の伊之助は大工の秀吉にそう言った。
「だけどよ、処罰はなしで、とにかく長い蕎麦を作ればご褒美だと言うんだから、蕎麦職人は喜んでいるかもしれねえなあ、伊之助」
「まあそうかもしれねえが、こちとらにはトンと縁のない話だ」
「伊之助、おまえ蕎麦職人に弟子入りでもしたらどうだ」
「笑わせるねえ。秀吉おまえこそ、大工を辞めて蕎麦屋になりゃいいじゃねえか」
「よせやい、年季の入った大工の仕事がそう簡単に捨てられるかいってんだ!」
「あはははっ!そうだろなあ、ちげえねえや」
 仲の良い二人がそんな冗談めいた話をしているところへ、おしゃべりな情報屋のお春が割って入ってきた。
「ねえ伊之さん、誰か腕のいい蕎麦職人を知らないかね?」
「お、何でえ、お春。蕎麦職人を探してどうするんでえ」
「決まってるだろ、ちかごろ懐がさみしいんだよ、そばの作り方おぼえてさ、あたいが長い蕎麦つくって褒美にありつこうってんだよ。それとも三人で協力してさ、日本一長い蕎麦でもこしらえないかい」
「ばか言ってんじゃねえよ。お春。そんな付け焼刃で簡単に蕎麦ができるかよ、おめえときたら欲ばかり突っ張らせやがって」
 大工の秀吉がたしなめるようにそう言った。
「蕎麦の話ばかりしてたら、蕎麦が喰いたくなった。よしっ、俺がおごるから、蕎麦屋に行こうじゃねえか」
「えっ、ほんとかい伊之さん、ばかに羽振りがいいじゃないか」
「まあな、少しばかり商売で儲けたんだ」
 蕎麦屋に誘ったのが伊之助で単純に喜んだのがお春。蕎麦屋と言っても辻売りと言って寺の境内に葦簀(よしず)を張った小屋で営業し、メニューもさほどない。
「おやじ、そば三つ!」
「ちょっと待ってよ、伊之さん。あたい天ぷらが食べたい」
 お春はあまり遠慮しない。
「お、おう。わかったよ、二人とも好きな蕎麦を注文しておくれ」
「そうかい、御馳になりますってか」
 銘々が注文して三人は粗末な椅子に腰かけた。
「酒も付けてくれ」
「へい」
 頭の禿げあがった蕎麦屋のおやじが、まず酒を出してきた。
「なあ、おやじさん。例の蕎麦の御触れ書き見たかい?」
「ええ」
「じゃあ、長い蕎麦作るのかい?」
「とんでもねえ」
 おやじが腕を横に振った。
「どうして?」
「いや、長い蕎麦をただ作れと言うんならいくらでも長くはできます。ですが蕎麦が無駄になるし、商売なんてやってられねえ。ご褒美と言ったって割に合いませんよ。それに大きな蕎麦屋なら人手も蕎麦もたくさんあるからいいけど、うちみたいな店では到底太刀打出来ませんよ」
「そうねえ、もっともな話だわねえ」
 お春がそう言った。
「ところでお春。その褒美というのは、金かい?」
 大工の秀吉がお春にきいた。
「高札見た人の話だと金一両となってて、庶民の長寿と繁栄を願うためとも書いてあるらしいよ」
「へえー、一両か、うーん、それじゃ蕎麦屋もあんまり意欲が湧かねえな」
「でも、中には名を上げるために蕎麦を作るところもあるだろうよ」
 伊之助が酒をぐいっと酒をあおってそう言った。
「日本一長い蕎麦を作れば、日本一の蕎麦屋だってことになるだろうよ」
「まあな、でもどうかな」

 それから数か月が過ぎた。結局、いちばん長い蕎麦を作ったのは大手の『いづみや』という老舗で、百人前のそば粉をこねて切らずに伸ばしたというから驚きである。ちなみにその長さは一里ほどもあったらしい。褒美が一両では割には合わないが、その後、商売繁盛したというから結果的には良かったのだろう。

 そんなある日、お春と伊之助がまたまたばったり出会った。
「よう、お春元気かい。相変わらずしけた面してるじゃねえか」
「まあ、伊之さん。しけた面で悪うござんすねえ」
「ところで、そば作りはどうした」
「そんなことよりねえ、『いづみや』の作った長い蕎麦を誰かちょん切ったそうだよ」
「そいつあ、悪いことをする奴もいるねえ、嫉妬でもされたのかい」
「でもすぐ下手人は捕まったって話さ」
「で、そいつあどうなったんだ?」
「お上はこう言ったそうだよ、不届きもの! 蕎麦だけに手打ちにいたすってね」
「おい、お春。それじゃまるで落語のオチじゃねえか、おめえの言うことはどうにも信用ならねえ」
「あはははははっ、あたいの落語だよ」
「ばかいえ! この」
 天下泰平、抜けるような日本晴れの午後であった。

                   完


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