ダンスのような奥義

Posted by 松長良樹 on 27.2016 0 comments 0 trackback
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 合気道、糖田剛二というのは俺が心の底から崇拝する武術家であり、憧れであり、目標である。彼の数々の武勇伝を述べればその枚挙にいとまがない。
 全身凶器と呼ばれ、向こうところ敵なしの空手家、厳座流、稲生鉄扇が命を懸けた勝負を挑んだとき、糖田剛二は鉄扇の正拳突きや蹴りのことごとくをかわし、鋼鉄と化した人差し指一本を鉄扇の眉間に放って、意識を喪失させた。が、糖田剛二は相手を少しも恨まず、意識を回復した鉄扇に共に修行をしようと申し出て、鉄扇は男泣きでその場を去ったという。
 なんという大きな男であろう、俺はその度量にまず惚れる。同時にその神業に感服する。いったいどうやって糖田剛二はその神技の数々を習得したのだろう? 
 糖田剛二に会いたい。そしてできれば弟子入りしたい。けれども糖田剛二は過去の人であり、既にこの世にはいない。なので俺はタイムマシンを使うことにした。ずいぶん簡単に言ってのけるようだが、実は俺の親友に田岡という男がいて彼は何か月か前、密かにタイムマシンを発明した事を知らせてきた。彼のいるのはNASAの秘密研究所である。
 幼いころから武術を志し、日本一を、いや世界一を目指す俺にとって糖田剛二の弟子となれるなら本望である。それも若いうちに。
 俺は長々と田岡にエアメールを送った。この俺の思いのたけを田岡に打ち明け、どうしても時間を超えて糖田剛二に会いに行きたい旨を綴った。しばらくして返事が来たが一部を抜粋するとこう書かれてあった。

 ――いや、驚いた。君はずいぶん自分勝手な男なんだな。NASAが極秘裏に進めている研究を使わせろ、ということじゃないか。常識で考えて無理な話だ。そう思わないか……。だが君は僕の大事な親友だ。僕は幼い時、ひ弱でいじめっ子にいつもいじめられていたっけ、それで何回も君に助けてもらった。その事を僕は今でも憶えている。だから君の望みをなんとか叶えてあげよう。ただ一度過去に帰ったら現在に戻れる保証はない。現時点でのマシンはまだ不安定なのだ――

 俺は子供のように喜んだ。持つべきものは友とはよく言ったものだ。俺はなけなしの金をもって渡米した。両親には仕事だと言うより他になかった。田岡とはJFKスペースセンターの近くで人目を避けて落ち合った。田岡は俺を抱きしめてこう言った。
「君の人生だ。君の好きなように生きるがいい。タイムマシンの照準を君に合わせるからこの場所を一歩も動くな。ここはアメリカだが過去に行ったと同時に君は日本にいるから、心配するな。五年後にこの場所に来い。うまくすれば現代に帰れる。では幸運を祈っている」
「すまない。田岡」
 そう言って俺は静かにうなずいた。そして目を閉じて待った。次に目を開けた瞬間、俺の前にざわめきと道場があった。ついにやった。
 道場の看板に養神館と書いてあったから俺は小躍りした。門下生たちが稽古真っ最中の昼下がりである。俺は気後れすることもなくまっすぐに進み出て、中央に座る小柄な男に面会した。確かに糖田剛二その人である。俺はめまいを感じ、その場に土下座して弟子入りを志願した。住むところもない俺を糖田剛二は黙って受け入れてくれた。
 翌日から稽古に明け暮れたが、寡黙な糖田剛二は門下生の中でずば抜けて強くなった俺を一度もほめることはなかった。だから俺は糖田剛二の動きを一日中見て研究した。その動きはなめらかで力が抜けている。まるでダンスを踊るように優雅だ。柔らかいものを折ることができないように、それが神技なのだ。俺はそれを直感した。
 ある日道場に荒くれた手練れが押し入り、試合を申し込んできたが、糖田剛二は相手にせず、血の気の多い俺はつい彼らと戦って手練れをねじ伏せた。糖田剛二はそれを見てほめるどころか、俺は叱りつけられた。相手に傷を負わせたのが未熟だというのだ。
 俺は反省したがそれから糖田剛二の姿を見かけなくなった。だが間もなく糖田剛二が病に倒れたことを知った。自宅に駆け付けた俺はまるで信じられない光景に遭遇した。
 ああ、あの神のような男がすっかり痩せ衰え、見る影もないのだ。
「先生!」
 俺は叫んで枕もとに近寄った。
「おお、おまえか」
 力ない声だった。だがとても優しい声だった。知らずに涙がこぼれて止まらなくなった。
「先生、先生に俺はまだ合気道の奥義を教えてもらっていません」
 すると糖田剛二はゆるく微笑んでこう言った。
「奥義か、そんなものはないよ。強いて言うなら己を殺しに来た者と友達になる……。そういうものが奥義なのかもしれん。おまえ、いいか私の後を継げ。どこから来た者かしれんが、お前は欲さえ捨てれば私を超える奴だ。私と姿かたちも生き写しじゃないか」
 糖田剛二は翌日死んだ。そして俺は決意をする。もう元の世界には帰らない。この世界で糖田剛二として生きるのだ。

                            完
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