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ロシアンルーレット

Posted by 松長良樹 on 07.2020 0 comments 0 trackback
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 永田稔は黙って目を閉じこめかみに銃口を当てた。引き金に指をかけたところで言い知れぬ戦慄が重く圧し掛かって指に力が入らなくなった。とうに唇は渇き、蒼白で目さえ虚ろだ。恐ろしいのだ。この命をかけたロシアンルーレットがとても恐ろしいのだ。
 むりもない、もし一発目に銃弾が装填されていたなら彼の頭がい骨は肉片と共に砕け散るのだから。
 暗い部屋の中で小さな円卓をはさんで二人の男が向い合わせに座っている。一人は美青年の永田稔、もう一人は財産家の大木和馬だ。永田はまだ二十代の青年で、大木は三十過ぎの男である。
 しかしなぜこんな馬鹿げた事が行われているのか、それは一人の麗しい女性を巡っての戦いなのだ。つまり、時代錯誤の決闘だ。女は北川玲子といってとても美しい令嬢で、彼女はこの二人がまんざら嫌いではないのだ。
 そしてこの二人の男性は玲子が好きで仕方がない、心から愛してしまっているのだ。
 各々が玲子に求愛したのだが当の玲子が煮え切らないから、若い永田稔が血気にはやってこんな気違い沙汰を申し出たのだ。大木としても男の意地にかけて引くに引けず、この勝負を受けて立ってしまったのだ。ああ、なんと野蛮な、常識はずれな決闘なのであろうか、だいいちこれは合法的でない。人一人が死んだら事件になるに決まっている。
 もっと尋常でないのは美貌の北川玲子がそこに同席していると言う事だ。彼女は女の魅力を存分に振りまくような格好で、しかも涼しい顔をして二人の紳士の表情をへんに見比べながら恐ろしい程落ち着いて、部屋の隅のシャレた椅子に腰かけているのだ。
色白でか細い彼女の指にワイングラスがのっている。彼女は男と男が命をかけたこの小さな闘技場と化した部屋で酒を飲みながら、観戦でもしようと言うのか。

 銃はリボルバー(回転式拳銃)でそのシリンダーに実弾一発を装填し、適当にシリンダーを回し交互に引き金を引くのだ。こめかみから銃口を外すことも可能だが、もし不発であればそれで負けが決定する。またリボルバーの場合、シリンダーのどの穴に弾が入っているか視認できるから残りの穴にダミーカートリッジを装填するようになる。
 永田は長い沈黙の後、意を決してついに引き金を引いた。かちりと音がして不発に終わった。永田が深いため息をついた。玲子が微かに微笑む。
 さあ、今度は大木和馬の番だ。やはり簡単に引き金を引けるものではない。すでに顔面から血が引き真っ青な顔色だ。勝負とはこんなにも過酷で残忍なものだったのか。が、突然、太田が変にニコニコ笑い出した。
 恐怖が太田を狂わせたのであろうか、しかし急に真剣な顔をして太田が銃口をこめかみに持って行って引き金を引いた。
 不発であった。もう筆者としても息苦しくて仕方がないので、二人の地獄の苦悶のような表情の機微を描写するのをやめにしておく、そしてお話は佳境に入る。
 二人は不発のまま五発目を永田が自分のこめかみに当てる場面だ。すなわち銃は六連発なのでこれで勝負が決まるのだ。不発なら永田の勝利、そうでなければ永田は死ぬ。さすがに玲子も神妙を極めた表情をして押し黙ってじっと事の成り行きを凝視している。
 しかし思うになぜ彼女はこのばかげた決闘をやめにしてくれとは言わないのであろう? 女のプライドがそれをさせないのか、それとも彼女の心はこの興奮と刺激に酔っているのだろうか、男二人が自分の為に命を懸けると言う状況が彼女を、この上ない満足感に浸らせているとでも言うのだろうか? 
 ともかく永田が引き金を引くにはとてつもなく長い時間を要した。もういくらか夜が白み始めているのである。夜明けが近いのだ。そして渾身の覚悟の末、永田稔は引き金を引いた。かちりといったきり、銃弾は発射されず……。この瞬間永田の勝利が決まった。
 おもわず永田の真っ白な顔に生気がみなぎった。それに引き替え、大木の意気消沈ぶりは無残であった。彼は絶望に打ちひしがれ、幽霊みたいな顔をして天井を見上げていた。
 そこで永田がこう言った。
「大木さん、僕は貴方の命まではとるつもりはないのですよ。こうして勝負が決まった以上玲子さんは僕がもらいます。異存はないですね」
 大木は暫らく悶絶するようであったが、恥ずかしくも泣きべそをかき「うわーーーーーっ!!」と絶叫したかと思うと、いきなり銃口を自分のこめかみに持って行った。だが、その瞬間、永田が銃を右手で叩き落とした。
 恐ろしい程の沈黙がその場に横たわっていた。重い沈黙である。
「なにを生き恥をさられせるものか!」
 大木が泣き喚いた。

 *  *

 玲子は永田が尚、好きになっていた。勝負に勝ったばかりではなく大木の命まで救ったその行いが女心を完全にとらえたのだ。

 ある日、玲子はおめかしをして場末の地下の酒場に単身で入って行った。どうもそこは玲子みたいな令嬢が一人で出向くような場所ではない。中は煙草の煙が立ち込める、異臭のする世界だ。
 そしてその酒場の奥にドアがあり、そのドアの向こうはいくつものテーブルの並ぶ賭場のような場所があった。そこで玲子はコートと帽子を脱いで一人の白髪の紳士の前に立ち止った。紳士はかるく微笑んで会釈をして懐から札束を取り出した。もちろん紙で包んであった。そして馴れ馴れしく、少しばかり悔しそうに紳士はこう言った。
「今回は永田という青年の勝ちでしたね。私は貴女の言うとおりに外からうまく覗いていましたよ。だから仕方がありません。またあなたがロシアンルーレットを企画してくれる日を私は楽しみにしていますよ。今度はぜひあなたに勝ちたいものでね」
 玲子は科をつくるようにして言う。
「あら、あたくしあの永田さんに本気で惚れたようなので、当分ルーレットはなしだと思ってくださいね」
「――そうだとしたら、とても残念ですね。でもあなたの事だからわかるものですか」
 玲子はその紙包みをそそくさとバッグに入れると、それは嬉しそうにその場を立ち去った。

         おしまい

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見比べてもらえたら幸いです。よろしくどうぞ!
ロシアンルーレット
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Category : 短編


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