降霊術

Posted by 松長良樹 on 20.2010 0 comments 0 trackback
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 ――なぜか俺は車に乗っていた。
 それは深夜のハイウェイを高速で疾走する赤いスポーツカーだ。
 俺が助手席で、みも知らない男が運転をしていた。
 その男の運転が乱暴で俺には怖くて仕方がない。車を止めさせて運転を変わろうとするだが、男はお構いなしで鼻歌さえ歌っている。
 メーターを見ると時速二百キロに達しようとしていた。
 俺は恐怖に顔を引きつらせていた。矢も盾もたまらず俺はその男を押しのけ、ハンドルを取った。その瞬間、前方からダンプカーが猛スピードで突っ込んできた。俺は自分の悲鳴で眼を覚ました。首筋が冷汗で濡れていた
 ――恐ろしい夢だった。悪夢という奴だ。

 そこは薄暗い場所だった。壁にはインド象をデザインした不気味なタペストリーが掛けられ、部屋の真ん中に薄紫の衣装に身を包んだ霊媒師の女性が座っている。
 歳の頃なら30代であろうか。殆ど無表情でストゥールに腰を掛け、眼から下は透き通ったベールに隠れている。顔が全部見えないせいか、俺にはその瞳が神秘的に怪しく煌(きらめ)いているように見えた。
 俺は降霊術自体を全く信じていなかったが、その謎めいた衣装の女性に興味を覚えた。しかし、俺はなんでここにいるのだろう――。
 なんで姉は気の進まない俺をこんな胡散臭(うさんくさ)い場所に連れてきたのだろう――。
 姉には色々と世話になっているので仕方なく俺はここに来たのだ。ここに来るのが他の人間の頼みだったら俺はきっぱりと断っていたはずだ。
 姉には昔助けてもらった事がある。俺がよからぬギャンブルに手を出して借金をつくってしまった時、姉は一回だけ助けてあげると言って借金の肩代わりをしてくれた。
 本当にやばかった。姉がいなかったら俺は今頃、東京湾に沈んでいたかもしれない。なにせ借りた相手が堅気ではなかったのだ。
 俺にとっての姉は気丈な男気のある存在なのだ。俺達の親父は早く死んじまったし、母は病弱ときている。姉は頭がいいのに進学をあきらめて中学を卒業してから我武者羅に働いた。
 今も独身だがある居酒屋チェーン店の幹部にまでなった。男顔負けの稼ぎがあるし俺は姉に逆らえない。子供の頃はよく喧嘩をしたが姉は決して泣かなかった。
 とにかくその姉と俺は霊媒師の前の椅子に並んで座っていた。
「では、どなた様をお呼び出し致しましょう」
 霊媒師が低い声でそう訊き、姉が答えた。
「では、亡くなった兄の義之を呼び出しては頂けないでしょうか?」 
 どういう事かと思った。兄の義之って一体誰だ。俺達に兄などいないのだ。
 しかし俺はその言葉を聞いて姉の意向を何とか理解しようと思った。
 ――何かあると思った。何か意味があるに違いないと思った。
 俺の頭の中であらゆる可能性が追求された。
 わざと存在しない人間を呼び出させる。もし呼び出したなら霊媒師は即座にインチキだということになる。
 俺は姉の度胸のよさに改めて驚いたと言うか、俺は心から彼女のその無謀とも言える試みに感服した。しかしなぜそんなまねをするのだろう? わからない。単なる好奇心か。そんなはずはない。霊媒師に怨みでもあるのか。いや初めて会うはずだ。
 俺の頭の中で思考の堂々巡りは終わりそうもなかった。

 不意に俺は面白い事になってきたと思った。なぜ姉がこんなまねをするのかはひとまず置いておき、単純に俺は結果だけが気になりだした。
 俺は胸を高鳴らせ霊媒師の次の反応を見守った。
「――分かりました」
 霊媒師は静かに言うと目を閉じた。少しだけ間があいて突然霊媒師が床に倒れ込んだ。
 俺は鬼気迫るものを感じた。霊の憑依と言うものなのだろうか。半信半疑な俺だったが芝居とは到底思えなかった。いや、芝居だったとしても凄いと思った。
 床のカーペットに霊媒師はなんのためらいも無く転がった。俺は霊媒師が心配になって抱き上げようかとまで思った。
 俺と姉はその霊媒師に暫らく魅せられていた。額に汗を光らせ天を仰ぐような、その何かを求め訴えるような眼差し。超次元の神秘が演じられている。エロティックでさえあった。トランス状態とはこういうのを指すのかとも思った。
 床に蹲ったきり突然、霊媒師が動かなくなった。固唾を呑んで姉も俺も霊媒師を見守った。 暫らくして苦しんだ様子の霊媒師が落ち着きを取り戻し椅子に座り直した。
 倒れこむ前と明らかに様子が違う。
「やあ、健二。元気でいたか」
 霊媒師が男のような声で俺に話しかけてきた。
 出し抜けだった。女の霊媒師が男のような声を出すこと事態が変に思えた。違和感があり、やはり芝居だと思った。こんなばかなことがあってたまるものか。
「先に逝って済まないと思う。事故だから仕方が無いんだ」
 その声を聞いて、とにかくばかげていると思った。
「――兄さん。きょうは健二と一緒にここにきたの」
 姉が真面目に答えた。彼女は存在しない兄と会話しているのだ。 ついに姉もおかしくなったのだと思った。そして俺はとうとう我慢が出来なくなった。行き場のない憤りを感じたのだ。
「いい加減にしてくれ! こんな芝居をして何が面白いんだ」
 俺は吐き捨てるようにそう叫んで夕暮れの街に走り出していた。

  *  *

 中では霊媒師と彼女の会話は続いていた。
「兄さん。健二は事故以来あなたの記憶を無くしてしまったの、車の事故で自分だけ助かったのが罪の意識として彼を苦しめたんだわ。今回の事は荒療治だと思いつつやってみたけど、やっぱり駄目だったわ……。ごめんなさい兄さん」
「いいさ、お前のせいじゃないよ」
 ――霊媒師が重い声でそう言った。

                おしまい。

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