青い瞳のエミーナ 4

Posted by 松長良樹 on 25.2010 0 comments 0 trackback
 高林良治は気が触れたように闇の中で独り言を連発していた。その呪文のような独り言の行き先は娘の方に向いていた。
 しかし娘にその言葉の意味さえ伝わるかどうかもわからない。
「ああ、俺は君を抱いてしまった。後悔はしているが、男の本能というものだ。俺が抱いたんじゃない、本能が抱かせたんだ。俺の脳髄の原野にのっぴきならない性への衝動が刷り込まれていたんだ。いわば俺はロボットみたいなもんだ。だから俺だって本能の被害者なんだ。人間は動物の身体を生身に着ている。だから理性だって時には猛獣に萎縮して密林の中を逃げ惑う事があるんだ。いつも猛獣と戦って、うまい具合に調教できる訳じゃないさ。大敗だ俺は欲望に負けたんだよ。何言ってんだろ俺?」
 ――まるで独り舞台の歌劇の主人公のようでもあった。
 少女がきょとんとした眼で高林の顔を覗き込んだ。意味はおそらく理解できていない。
「ごめん。君が正気を取り戻して、俺のこの粗暴さを知ったら本気で俺を殺そうと思うかもしれないな。そしたら殺されても仕方が無い。潔く殺されるよ」
 高林がこんなわけのわからない事を女性の前で言うのは始めてだった。自分自身への言い訳のようなものだった。
「ところで君は名を何と言うの? 何処から来たの? なぜ裸だったの?」
 三つの質問が同時に放たれたが娘は眼をぱちくりするだけで、無言だった。
「ご主人様ってどういう意味? 君にあった時からご主人様としか発言しない」
「だってあなたは私のご主人様だから」
 娘が返事をした。始めて会話が成り立ったと思った。娘が答えたと思った。安堵の念が高林を包んだ。
「どうして俺が君のご主人様なの」
「わたしにも判らない」
 娘が眼を伏せた。悲しそうだった。やはり重症だと思った。しかし完全に気違いでもなさそうだった。高林は彼女への詮索はよそうと思った。
「どうして」と問うたびに彼女の瞳に萎縮した光がゆらいだ。もの悲し気に視線が虚空をさ迷う。
 日曜日だった。娘を置いて近くのコンビニに買出しに行く。娘だって腹をすかしているに違いないと思った。おにぎりとサンドイッチを買った。彼女の好みがまるで判らない。フローリングの床に白いデーブルがあってその上に高林は買った物を並べた。好奇心を湛えて娘はその様子を見守っていた。
 ビニールを切ってまず高林がおにぎりをほうばった。もう一つビニールを切って娘に渡す。娘も同じようにおにぎりをほうばった。意味も無く高林が笑った。つられる様に娘が微笑んだ。白い歯がかわいい唇から覗いた。

 テレビをつけると洋画をやっていた。画面の中を血相変えて男が走ってきた。駅のホームに娘が待っている。「エミーナ!」男が叫んで抱擁シーンだ。
 途中から観たのでストーリーはさっぱり判らない。高林が娘を振り返って言った。
「エミーナ。君の名はエミーナ。そう決めた」
 娘の顔に神秘的な微笑みが貼り付いていた。光線のせいかその瞳が青く輝いて見えた……。

                             つづく
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