不運

Posted by 松長良樹 on 26.2010 0 comments 0 trackback
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 ロバートは近くに気配を感じて微かに目を開けた。すると長身の男が彼を見下ろしていた。驚いて毛布を剥いで起きようとすると拳口が彼の鼻先に突き付けられた。
「騒ぐなよ若いの。おとなしくしてな」
 ロバートは身が縮み上がって言葉さえ出なかった。
「俺はただの泥棒でお前を殺しに来たんじゃないから、そう怖がるな」
 男は黒い革のジャケットを着ていて苦味ばしった、ハスキーな声でそう言った。
「いったいどうやって入ったんです」
 絞り出すようにようやく言葉が口をついて出た。
「俺は職人さ、そして専門家でもあるんだ。無論、鍵のな」
「ここには何にもありませんよ」
「何にもないってことはないだろ。おとなしく金めの物をだしな」
「現金はありません。家には置かない主義でして。キャッシュカードなら差し上げますが」
「馬鹿野郎! そんなもん止められたら使えねえよ。暗証番号ってやつもあるしな、俺を舐めんなよ」
 男の眼に凶悪な炎が燃え上がった。
「……」
「なんかねえのか」
「そうだ、金時計があります。ロレックスです」
「本物だろうな。いいだろう、そいつを出しな」
 ロバートが抽斗から取り出した時計を男はポケットにねじ込んだ。
「あとは何かねえのか、家探しされたくねえだろ。なあ」
「あっ、財布に500ドル入ってた」
「ばか、それをよこせ」
 ロバートが財布を差し出すと中身だけ抜き取ってポケットにしまった。
「ほかに何もねえのか?」
「ええ、ないです」
「しかたがねえ。おまえを縛り上げて帰るとするか」
 男はあらかじめ用意してあった細いロープを取り出し、後ろ手にロバートを縛り始めた。
「――待ってください」
 ロバートが低い声をだした。
「なんだ」
「あなたは人を殺したことありますか?」
「なにーっ! なんでそんなこと訊く?」
「いや、そのちょっときいてみたくて」
「おまえに関係ねえ」
「ですが」
「安心しろ、お前は殺さねえよ」
「そうじゃなくて」
 男がじっとロバートの眼を覗き込んだ。
「おまえ何考えてる」
「……」
「もっと大金が欲しいんじゃありませんか?」
「まだなにかあるのか」
 男がたくましい腕でロバートの襟元を絞り上げた。
「おい、てめえ何がいいてえんだ」
「実は上の寝室で女房が寝てる」
「そうか、こいつは迂闊だった。なにか金めの物を持ってんのか?」
「そうじゃなくて……。多額な生命保険に入ってる」
 男は暫らくロバートの胸倉をつかんだまま考えて、やがて腕の力を緩めた。ロバートの瞳の奥の邪悪な光を読み取ったのだ。
「おめえ、とんでもない悪だな。それに底なしの欲深だ」
「なんとでも言ってください。実は僕は女房が大っ嫌いなんだ。恨んでるんです。まあ聞いてください。あいつは若いツバメと……」
「おっとそれから先はききたくもねえよ。おまえんちの事情なんぞ知りたくもねえ」
「とにかく、もし女房を撃ってくれたら、50万ドルあんたに払いますよ」
「この野郎……」
 男はローバトを放すと、しばらく薄暗い部屋の中を歩き回った。
「調べられるぞ」
「平気ですよ、僕はただ本当のことを言えばいいんです。60万にしましょう」
「こいつ……。しかし怪しいな、その話がもし嘘だったらどうする」
「僕は逃げも隠れもしません。保険金が入ったらあんたに連絡しますよ。間違いなく。それまでずっと僕を監視してればいいじゃないですか」
「しかし、そうなると俺は殺人犯じゃねえか」
「だから、人を殺したことがありますかって訊いたんです。それにキャッシュで60万ドルですよ。そうは簡単に手に入る金じゃない。殺ったら高飛びすればいい。僕がうまく段取りをするから、後からあんたの口座に金を振り込んだっていいです」
 男はちょっと神経質にイラついた感じで銃を眺めた。そしてもう一度ロバートを睨んだ。
「てめえは酷え奴だ。嘘だったら、おまえ死ぬぞ。いいな」
 男はそう言い残すとゆっくりと二階に上がっていった。

 しかし、銃声はしなかった。いつまでたっても銃声がしないのだ。
 ロバートが落ち着きを欠いて煙草に火を付けた。いったいどうしたというのだろう。イライラが頂点に達しかけたとき男が降りてきた。
 その目が尋常でない暗い炎を映していた。
「あいつは十年以上も会ってねえが、俺の妹だ」
「えっ、そ、そんな……」
「それにお前にとって不運な事に俺は妹とは仲がいい」
 ロバートの顔が引きつった。
「それにだ。おまえにもしっかり保険がかかってるよ」
 銃口がゆっくりロバートの方を向いて、安全装置の外れるカチッという音がした。

                    おしまい。

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